「続ける」ではなく、「向き合い続ける」イチローの野球道

 昨年末に見たイチローの『情熱大陸』(2夜連続放送)が熱かった。

 「背番号51番」のイチローが「51歳」になったということで、知られざる日常を伝えようと密着し内容だ。

 サッカーバカだが、イチローは大好き。スポーツ好きなら誰もがリスペクトする存在だと思う。

 そんなイチローについて、米シアトル在住で古巣マリナーズのスタッフだということは知っていたが、日々何をしているかまでは知らなかった。

 まず朝のルーティンに度肝を抜かれた視聴者がほとんどだろう。

 自宅リビングに並ぶ特殊な筋トレマシーン11台。どこのスポーツ施設? と見間違えそうだ。そこでイチローは限界まで体を追い込んでいた。

 「これがない生活は考えられない。顔洗って、歯磨いて、ユンケル飲んでマシーン。という流れだね。いつも」

 ボケたのか。いや、顔はマジだ。なんでも現役時代よりもハードな負荷をかけているという。そしてさっそくの名言。

 

 「人間は(老いて)いずれできなくなる。だから無理ができるうちに、できるだけ無理がしたい」

 

 世のオジサンたちの多くが老いとともに「なるべく無理をしないよう」に日常を過ごしているが。イチローはその逆を行く。

 年齢による衰えを感じるからこそ、何をやっても「つねに限界点を探してしまう」という。レジェンドの境地おそるべし。

 何がそうさせるのか。引退して5年以上も経つのに。

 と思ってしまうわけだが、球場での仕事ぶりを見るとしだいに分かってきた。

 午後、イチローは誰よりも早く球場に入った。ランニングで体を温めたあと、現役選手のバッティング練習につき合う。

 とはいっても、外野で「球拾い」。それでもイチローにとっては貴重な守備練習の時間のようだ。

 一球一球を丁寧に、確認するようにキャッチ。現役時代と変わらない軽快な動きを見せた。頭髪は白くなったが、体型はスリムだし、やはりイチローはカッコいい。

 「球拾い」は自ら志願してやっているという。「運度量はこれが一番多い。面白いよ。いいトレーニングになる」

 キャッチボールの相手もしていた。イチローは選手と一緒に汗を流す。それが仕事のようだ。

 知らない人はイチローの「立場」が気になるところだろう。

 肩書はマリナーズ「会長付特別補佐兼インストラクター」。長い。読んだとおり特別な立場だ。

 選手ではないが、コーチでもない。グラウンドに立ち続けたいイチローと、イチローにいてほしいマリナーズ。双方の思いから生まれた特別な関係性だという。

 23歳のフリオ・ロドリゲス外野手はイチローからこんなアドバイスをもらったと話した。

 

 「自分を見失うな。周りの意見は変わるかも知れないが、自分自身の評価は変えるな」

 

 シビレる金言。私自身にも刺さった。きっとあなたにも。イチローがチームに与える影響の大きさが分かる。

 一方、イチローは球場の施設を自由に使うことが許されている。

 チームが遠征中は思う存分に自主トレを行う。過酷なトレーニングに悲鳴をあげつつも、「仙豆いるよ~」とおちゃめな一面も。なんだか楽しそう。野球ができる喜びがにじみ出ていた。

 イチローは言う。「グラウンドに立たせてもらっていることが大きい。この場所がなかったら僕だって続けられない。マリナーズには本当に感謝している」

 イチローのモチベーションはどこからくるのか。

 引退しても野球を続ける人はいるが、イチローの場合その程度がすさまじい。野球選手であり続けることに真剣だ。

 イチローはきっと引退なんてしたくなかったんだと思う。

 プロの世界は厳しい。結果が出なければ、実力が出せなくなったら、ユニフォームを脱がなければならない。イチローも年齢によるプロとしての終点を迎えたが、本当はまだやりたかった。だから野球への情熱は変わらず、いまも燃え続けている。

 それは悔しさだったり、まだやれるという思いだったり。不完全燃焼だったからこそ、イチローはまだ野球を通じた人としての成長を求めている。そうでなければ、引退した選手がここまでモチベーションを持ち続けられるものだろうか。

 サッカー界ではカズ(三浦知良)がまだ現役を続けているが、その原動力の一つに「ワールドカップに出られなかった悔しさ」があると私は考える。カズもまた不完全燃焼だったからこそ、サッカーを通じた成長を求め続けている。やめられないのだと。

 イチローのことをエラそうに語れるほど詳しいわけではないが、そんなふうに思った。

 印象に残る場面があった。

 マリナーズの球場内にイチロー専用のロッカーはあるが、コーチたちと同室ではない。本人の意向でバッド・ボーイ(用具管理の少年)たちと同じ部屋にあった。

 スタッフ部屋は「空気が得意じゃない」とイチロー。「居心地がいい」と話すバッド・ボーイ部屋で、練習後に自身のグラブとシューズをうれしそうに磨いた。「道具が大好きだから!」と没頭する横顔は少年のよう。原点を見た気がした。

 それはスーパースターになっても変わらない「雑草魂」のようなもの。プロになる前の、がむしゃらだった頃の気持ち。イチローはそれを忘れず、大切に持ち続けている。

 野球を「続けている人」はたくさんいるが、イチローのように野球と「向き合い続けている人」はどれだけいるだろうか。向上心、探究心をもって「向き合い続ける」。独自の野球道を楽しむ。イチローの姿勢に強く共感した。

 どんなスポーツにも通ずる。私の場合はサッカーだが、ただ「続ける」のではなく、イチローのように「向き合い続けたい」。

 『情熱大陸』を見逃した人はなんとかして見るべし!!

by 北 コウタ
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