うまくなるためにやったこと ― 壁当て練習(壁レン)
小学校4年時にサッカーを始め、うまくなるためにいろんなことをやってきたが、大人になったいまでも続いていることがある。
壁当て練習、通称「壁レン」だ。
リフティングやドリブルの練習は一人でもできる。でも、トラップの練習だけはだれかにボールを蹴ってもらわないとできない。
そんなとき、練習相手になってくれるのはいつも「壁」だった。
◇
サッカーを始めたころ、私は茨城県の田舎町に住んでいた。
自宅はちょっとした台地の「へリ(縁)」に建っていて、住所は「○○町○○台 ○番地○」と、地名に「台」がついた。
言葉では伝えにくいが、自宅が「ヘリ」にあるので、自宅が建つ土地と、すぐ隣の地域の土地には2メートルほどの高低差があった。だから、自宅を出たすぐ前の道路には、その「ヘリ」から人が落ちないよう、1メートルほどの鉄柵が設けられていた。
隣の低い地域へ行くには、少し遠回りしてなだらかな坂道を下る。しかし、子どもの私たちはその2メートルの段差を飛び降りたり、よじ登ったりしていた。そのほうが単純に近道だからだ。
で、この段差の側面が、コンクリートのブロックを積み上げた「壁」だったのである。
要するに、私がサッカーを始めた当初、自宅を出てすぐの段差をピョンと飛び降りたところにコンクリートの壁があった。
だから、母親が窓から「ごはんだよ~」と呼びかけるギリギリまで、「壁レン」に没頭することができたのである。さらに言えば、食後に再び気が済むまで「壁レン」をすることだってできた。
気になってグーグルのストリートビューで探してみると、あのころの「壁レン」の舞台を鮮明な画像で確認することができた。30年以上も経つのに、景観がまったく変わっていない…。ノスタルジックな気分になった。
◇
私のサッカー人生における“時代別「壁レン」指数”をみると、小学生時代が断トツに高い。
モルテンタンゴ(なつかしいー!)の表面が剥げてボロボロになるまで壁レンに明け暮れたものだ。
その内容は、壁にボールを蹴って、跳ね返ってきたのを止める。基本はその繰り返し。でもその中で、体のいろいろな部分でトラップをしたり、壁のどのあたりに蹴るか狙いをつけ、キックの精度を磨いたりした。
壁と並走しながらドリブルし、少し斜め前に横パス。跳ね返ったボールをトラップしてまたドリブルし、再び斜め前に横パス。これを繰り返す、いわゆる一人「パス・アンド・ゴー」もよくやった。
コンクリートの壁はチョークで印を書いたり、石ころで傷をつけて線を引くこともできたので、子どもながらに工夫して練習を考えた。
その効果を問われれば、私の場合、キックの精度よりもボールタッチの柔らかさを養うことができたと自負している。手ごたえを感じたから、大人になるまで続けてきたのだろう。
そういえば、あの中田英寿(ヒデ)も小学生のころによく公園で壁レンをしていたという。昔、ヒデの同級生の証言をなにかの記事で読んだ記憶がある。同級生によると、ヒデはボールのどこを蹴れば、どんな回転がかかるのか、どんな軌道を描くのかを壁レンを通じて何度も試し、キックの感覚をつかんでいたという。
◇
小中学生時代にやりすぎたせいか、私にとって「壁レン」はうまくなるための大切な手段になった。
大学進学のために上京し、一人暮らしを始めたときも、自宅の近くに壁レンができる場所がないかをすぐに探した。
いまでは、外を歩いているときに良さげな壁を見つけると、「ここは壁レンに最高だなー」とか「この壁はいいけど、蹴ったら近隣住民からうるさいと言われそうー」などと思案する習性が…。自称「壁レン」アドバイザーなのである。
そして現在の壁レンの舞台はというと、河川敷に並ぶテニスコートの脇にあるコンクリートの河川堤防。徒歩5分。高さが7、8メートルほどあり、壁レンには超最適な環境である。
超最適ゆえに人気が高く、行ったところで先約がいる場合も。とくにテニス愛好家が多く、高齢の方がラケット片手に壁打ちをしていることもある。先約が1人ぐらいなら、「こっちの半分、使ってもいいですか?」と声をかけ、譲り合いでシェアもする。
◇
社会人になってから壁レンの頻度は減った。でも、壁レンの環境があるのとないのとでは、私にとってのサッカーライフは変わってしまうのだ。と、強調したい。
なにせ小中高生のように毎日ボールを蹴る機会と時間がないわけで。蹴れても週1。多くて週2。だから、蹴れない日が続いたとき、無性にボールが蹴りたいとき、試合の前日にちょっと蹴っておきたいとき。壁レンはその欲求を満たしてくれるのである。
一方、毎日ボールを蹴れる小中高生のサッカーバカには、ライバルに差をつける手段として「壁レン」を大いに勧めたい。
ここ数年は川崎フロンターレの台頭により「止める、蹴る」がちょっとしたブームだ。そんな私はこの1年ちょっとの練習を通じて、ワンタッチで前を向くトラップができるようになった。
これも壁レンのおかげだ。
とはいえ、この年になっても壁レンをしていること、さすがに最近は大っぴらに人に言わなくなったなあ。サッカーバカがそんなこと気にしてどーする!って話なんですが。そこはご愛嬌で。
〈敬称略〉