「ゴピさん」が知らぬ間にJFAのコーチになっていた話

 サッカー関係者の「ゴピさん」と聞いて、すぐに顔と名前がパッと思い浮かぶ人はけっこう幅広いカテゴリーをウォッチしている人だろう。そのゴピさんが知らぬ間に日本サッカー協会(JFA)のコーチになっていた話をしたい。

 ゴピさんとは、知る人ぞ知る、作陽学園高校(岡山県)女子サッカー部の前監督、池田浩子さんのことだ。

 池田さんは日本体育大学の女子サッカー部で主将を務め、卒業後はなでしこリーグの岡山湯郷ベルでもプレーした元選手である。膝の大怪我により選手生活を断念し、2010年に作陽学園高校へ。翌年、女子サッカー部の監督に就任して注目されるようになった。

 由来は知らないが、「ゴピさん」は池田さんの愛称。ここではそう呼ばせていただく。

 ゴピさんを初めて知ったのは、いまから10年以上前。TBSのドキュメンタリー番組「バース・デイ」で取り上げられていたのを見たからだ。とにかく最初のインパクトがすさまじく、冒頭の導入映像で度肝を抜かれてしまった。

 やる気を出せない生徒、消極的なプレーの生徒に対し、ゴピさんは容赦のない“喝”を入れるのだが、それがけっこうな「怒号」なのである。ふがいなさを感じてか、その勢いに押されてか、こらえきれずポロポロと涙を流す生徒もいる。しかしそこでゴピさんは、泣くぐらいな最初からやれよー!みたいなことを言って、さらに突き放すのである。

 「情熱的な指導」と多少は理解できる“昭和世代”の私でも、初めの率直な印象は「怖ぇ、、すげぇ監督がいるなあ、、、」だった。背景を知らない人が見たら「なんだこのパワハラ教師は!けしからん!!」となるだろう。

 誤解のないように先に言っておくが、ゴピさんはパワハラ教師ではない(あたりめーだ!)。冒頭のインパク映像はゴピさんのすばらしさをあとで数倍に際立たせるためのテレビ局側の演出だろう。

 放送を見ていくうちに、おのずとゴピさんの誠実さ、情に厚い人柄、生徒たちへの愛情の深さ、それゆえの「熱血指導」であることが分かってくる。そして、きっと自分に限界をつくらずサッカーに打ち込んできた人なんだろうと、容易に想像できるのであった。

 印象的なシーンがあった。

 放送では、当時3年生でチームの中心的エースの生徒にスポットを当てた。彼女は高校最後の大会である「全日本高校女子サッカー選手権」(以下、高校女子選手権)の地方予選直前に、左膝靭帯損傷の大怪我を負い、卒業までリハビリ生活を余儀なくされていた。

 大会が迫る中、校内行事で壮行会が行われた。仲間の部員たちが壇上に立ち、健闘を誓う。晴れやかな舞台だが、メンバー外の彼女はその光景を直視できず、その場を立ち去ってしまう。

 次の場面。ゴピさんは彼女を職員室に呼び出していた。なぜ壮行会を抜け出したのか。なぜ仲間を見送れなかったのか。理由を問う。彼女はせきを切ったように泣き出し、自分が壇上に立てなかったつらさ、悔しさ、心よく仲間を見送れなかった正直な気持ちを吐露するのだった。

 すると、ゴピさんの目にも大粒の涙があふれた。一緒に泣きながら、彼女の気持ちにうなずく。寄り添い、それでも最後まで仲間を応援しようと、ゴピさんは諭すのだった。(記憶ではたしかこんな内容…)

 生徒は号泣、ゴピさんも泣く。そして、テレビの前で私の涙腺も崩壊した(おそらく、もらい泣き事故多発)。生徒と本気で向き合うゴピさんの姿に心打たれた視聴者は少なくなかったはずだ。

 ちなみに、この大怪我をしたエースの生徒。数年後、「あのときの生徒じゃない?」って感じで浦和レッズレディースに所属していることに気づいた。彼女は現在、WEリーグのAC長野パルセイロでプレーする三谷沙也加選手である。

 その後も、ゴピさんの“奮闘”はたまにテレビを通じて知ることができた。TBSが当時から高校女子選手権を大々的に報じていたこともあり、また「バース・デイ」でも続報的な放送回があったからだ。

 別の放送回では“鬼コーチ”ぶりとは違ったゴピさんの一面も見られ、新鮮だった。生徒のために大型バスを自ら運転して遠征したり、クリスマスにサンタクロースの衣装を着て盛り上げたり。オン・オフのメリハリが絶妙なのだろう。ゴピさんの生徒への愛情もそうなのだが、なにより生徒たちがゴピさんを大好きなこともよく伝わってきた。

 テレビ効果もあり、この10数年の間に「池田先生のもとでサッカーがしたい」と作陽高の門を叩いた“なでしこ“たちや、「池田先生のもとで子どもを成長させたい」と思った保護者は多かったはずだ。

 放送当時、作陽高女子サッカー部は全国大会の常連ではあったが、けっして強豪ではなかった。だがゴピさんが来てからは着実に力をつけ、結果もともなった(インターハイ含め、全国準優勝3回)。夢の全国制覇も見えてきていた。

 すっかりゴピさんファンになった私は、毎年TBSの「高校女子選手権」関連の番組を見るたびに「今年の作陽(ゴピさん)はどうだった?」と気になった。

 今年の放送もそんな感じで見ていたのだが、作陽高の試合ダイジェストが流れたときに「え!」となった。

 画面左上にテロップが出て、「歴史を繋げ新監督からの言葉」の文字が。映像のナレーションは「新監督のもと、選手権初戦に挑みましたが…」と伝えた。(残念ながら、作陽は1回戦敗退)

 え、新監督!? ゴピさんどしたの??

 スマホを手に、すぐに「作陽 池田浩子」で検索。山陽新聞のネット記事がトップで出てきた。タイトルは「池田監督退任 作陽高女子サッカー 3月末」。2023年3月3日付のニュースだった。

 けっこう前じゃねーか!

 記事によると、ゴピさんは2023年3月末で監督を退任し、作陽高校も退職。今後は「女子の競技普及や指導者養成に携わる予定」だという。本人のコメントとして「指導者として成長するための決断」と理由があった。

 そうだったかあ…。知らなかった。となると、気になるのはゴピさんのいま。ナニシテルである。

 その答えは、同じ検索ページ内ですぐに見つかった。山陽新聞の記事のすぐ下に、文京学院大学女子高校(東京都文京区)の報告レポートが並んでいたからだ。

 内容は、ゴピさんが女子サッカー部の指導のために来訪したという校内ニュース記事(2023年4月12日付)。その中で、「この3月で、作陽高校女子サッカー部監督を退任され、JFA(日本サッカー協会)コーチに就任」と紹介されていたのだ。

 JFAコーチ?? マジかよーーーーー!

 驚いたが、冷静に考えれば、あれほど情熱的な指導者を日本サッカー界が放っておくわけがない。さっそくJFAの公式サイトをのぞくと、「JFAコーチ紹介(2023年度)」のページにゴピさんの名前と顔写真が載っていた(関東エリアの女子担当)。

 いずれは育成年代の代表コーチでもするのだろうか。それとも、東南アジアなどのサッカー提携国へ派遣され代表チームを率いたりするのだろうか。勝手な想像をふくらませた。

 昨年11月、北海道の高校で野球を指導したイチローが「今の時代、指導する側が厳しくできなくなっている。だから、自分を律して厳しくするしかないが、高校生が自分を導くのは難しい」みたいなことを話し、ちょっと話題になった。

 教育現場でも情熱的指導とパワハラの線引きが難しくなっている。イチローの発言はそれを意識したものだろう。「厳しいことが言える」指導者は確実に少なくなっている。

 そう考えると、ゴピさんのような指導者は希少価値。現代社会に絶対に必要な存在だ。

 だから、ゴピさんの新たな挑戦も、次なる“奮闘”も全力で応援せねば! と、イチローと同じ“昭和世代”のおっさんは思った。

by 北 コウタ
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