引退の余韻つづく小野伸二。思い出の写真、撮りそこねた写真

 「天才」小野伸二が現役を引退して1カ月余り。その余韻がいまだ続いている。記事の中で誰かが小野との思い出を語ったり、サッカーの配信番組で本人が思い出を語ったり。

 思えば、私にも小野伸二との思い出があった。

 その超絶プレーについて仲間と朝まで語り合ったとか、カルビー・Jリーグチップスの小野のカードをすべて持っている、などではない。もう少し、小野本人を身近に感じた思い出だ。

 一つは、小野のゴールをこの目で見た思い出。最近になり、そのときのゴールが貴重だったことを知った。

 2015年10月10日のことだ。

 その前年の2014年6月にコンサドーレ札幌に加入した小野のプレーをどうしても見たく、私は帰省中に厚別競技場(札幌市)で開催されたJ2リーグ第36節のツエーゲン金沢戦を観戦した。

 先発出場の小野は1-1の同点で迎えた後半32分に決勝弾を決め、チームを勝利に導いた。MVPに選ばれ、お立ち台で副賞(東光ストア商品券10万円分)が記されたボードを掲げる小野を見て、「もってるなー」「役者は違うな」と思った。

 なぜこのゴールが貴重かというと、引退セレモニーで小野が次のように語っていたからだ。

「(コンサドーレに在籍した)7シーズンで大した活躍はできなかったが、札幌ドームと厚別競技場で1得点ずつ取れたこと、うれしく思っている」

 聞いてすぐにピンときた。あのときの決勝弾かと。

 試合中やお立ち台での様子を私はカメラに収めた。思い出の写真になったわけである。(「“天才”ファンタジスタ引退。「小野伸二の再来」は当分現れそうにない」に掲載した写真もその一枚である)

 もう一つの思い出は、一緒に写真を撮ればよかったなあと、ちょっと後悔した話。

 2017年の春ごろ、同じく帰省中のことだ。

 私は、弟と一緒にコンサドーレ札幌の練習場である「宮の沢白い恋人サッカー場」(札幌市西区)へ向かっていた。目的は小野ではなく、当時コンサドーレに所属していた稲本潤一にサインをもらうためだ。

 きっかけは、稲本のユニフォーム。

 弟は札幌市内で飲食店を営んでおり、店内にはいくつかサッカーのユニフォームが飾られている。その中に稲本がドイツのフランクフルトに所属していたころのユニフォームがあった。以前、私が贈ったものだ。

 それに本人のサインをもらおうと計画したわけである。

 弟は面倒くさそうだったが、サッカーバカの強引さで押し切った。私には足がないので車を運転してもらう必要もあった。

 それでも、やみくもに行ったわけではない。

 弟にはコンサドーレのスタッフに知人がいて、事前に情報を得てから向かった。

 その日の午前中、レギュラー組は試合前につき札幌ドームで練習とのこと。しかし、怪我で離脱中の稲本は12時30分ごろまで「宮の沢」のクラブハウスでリハビリとマッサージをするという。

 スタッフが言うのであれば、間違いない。ということで、計画を実行に移したのである。

 少し早い12時ごろ、練習場に着いた。ピッチには誰もいない。もちろん見学するサポーターもいない。

 クラブハウスの脇にはサポーターが選手と交流できるミックスゾーンのような場所があった。ラインが引かれており、そこからクラブハウスへは近づけない。関係者以外は立ち入り禁止だ。

 そのラインのギリギリまで寄って、そば耳を立てる。なんとも怪しいおっさん二人である…。もちろん、中の様子はわからない。でも窓が開いているのか、クラブハウスから人の声が聞こえてきた。

 

「稲本の声か?」

「わからん、、」

 

 誰かは分からないが、人はいる。稲本だと期待し、出待ちを始めた。

 しかしその後、12時半を過ぎても稲本は出てこない。

 さらに待ち、13時近くになる。

 

「稲本、本当にいるのか?」

「早めに帰ってたりして…」

 

 札幌の春はまだ肌寒く、おっさん二人の体がしだいに冷えだす。ポケットに手を入れ、足踏みを繰り返す。寒い。そして、腹も減ってきた。

 練習場に併設されたレストランでなんか食べようと弟が言い出し、あまりの寒さにそうすることに。それでも、諦めたわけではなく、クラブハウスが目視できる窓際の席に座った。

 張り込みする刑事のように注意しながら、スープカレーをすすった。

 食事中も稲本は出てこなかった…。

 空腹を満たし、体も温まったところで出待ちを再開したが、すでに13時半を回っていた。

 

「これもう、いないでしょ。帰ろうか…」

 

 そう話したときだった。

 一人がクラブハウスから出てきた。

 

「誰? ブラジル人??」

 

  見た感じ、外国人に違いはないが、誰かわからない。

 スマホですぐにコンサドーレの公式サイトを調べると、顔が一致するスタッフを発見。肩書を見ると、「セラピスト・トレーナー」だった。(名前は忘れました)

 

「トレーナーかよ!」

「ん? てことは、マッサージ担当? やっぱり稲本いる??」

 

 土壇場で「稲本いる説」が有力に。帰るに、帰れなくなったおっさん二人…。

 結局もう少し待ったが、やっぱり稲本は出てこなかった。

 もう14時近く。

 さすがにここまでくると、「おれたち、何やってんだろう」という気持ちに…。体もまた冷えてるし。挙句の果てにポツポツと雨が降りだし、ようやく踏ん切りがついた。

 

「よし、帰ろう」

 

 諦めたときだった。

 練習場脇の道路から一台の車がブーンと入ってきて、クラブハウス前に停まった。

 車から出てきたのは、なんと、、

 

「小野伸二じゃね!?」

 

 突然の小野伸二の登場に立ちつくす、おっさん二人。小野は一瞬こっちをチラ見し、「あいつら、なにしてんだ?」とでも言いたげにクラブハウスの中へと消えていった…。

 この間、数十秒。

 寒さの中で稲本を待ち続け、疲れ、思考がにぶい状態のときに突如おとずれた小野伸二との遭遇。想定外の事態におっさん二人、まったく対応できず…。

 

「あー、サインもらっておけばよかったー」

「稲本のユニフォームに? さすがにまずいでしょー」

「いや、着てるシャツとかにでもさあ。写真も撮れたな…」

 日本サッカー界では「黄金世代」と呼ばれる同い年の小野と稲本。2人の仲の良さはサッカーファンなら周知のとおりだ。

 

「小野は稲本に会いに来たのかなあ。このあと、一緒にメシに行くとか」

「二人で一緒に出てきたら、稲本にだけユニフォームにサインもらうの、やりにくくね?」

「たしかに…」

 

 あーだこーだ言いながら、結局その日は諦め、撤収した。

 ちなみに、弟はのちに例のコンサスタッフの知人を通じてユニフォームに稲本のサインをもらった。さらには小野のドイツ・ボーフム時代のユニフォームも入手し、その後、来店した小野本人からサインをもらい、一緒に写真も撮っている。(ちゃっかりしやがってー)

 地元にJクラブがあると、思い切って行動すれば選手を身近に感じる機会はいくらでもつくれるものだなあ。そう思った。

 あのとき、小野とだけでも写真を撮れたなあー。なんて、いま思えばちょっと後悔。でもまあ、いい思い出になった。

by 北 コウタ
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