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悲願のW杯初出場まで9年 “猶本光「世代」”の苦悩

女子W杯2023に初出場した猶本光
(source: getty images)

 オーストラリアとニュージランドで開催中のFIFA女子ワールドカップ(W杯)。日本代表(なでしこジャパン)は予選リーグ3連勝の1位通過で決勝トーナメントへ進んだ。

 そんな快進撃の立役者の一人がMF猶本光だ。第2戦のコスタリカ戦でW杯初ゴールとなる先制点をあげ、この試合のプレーヤー・オブ・ザ・マッチ(POM)に選ばれた。

 この先制弾。喜びを爆発させる猶本を見て、「感極まった」サポーターは少なくなかった。

 同じ三菱重工浦和レッズレディースに所属し、ともに長くプレーする元日本代表の安藤梢は涙があふれたという。

 W杯初出場の猶本は29歳。けっして若手ではない。

 大会にかける並々ならぬ思い、ここにたどり着くまでの9年間の苦悩。そんな猶本の胸の内が明かされる出来事があった。

猶本のW杯初ゴールにサポーターが「感極まった」ワケ

 さかのぼること、W杯登録メンバー23人が発表された6月13日。所属クラブで会見した猶本は、途中で声をつまらせた。

 「20歳のときに初めてなでしこジャパンに選出された。(その後)約9年間、世界の大きな舞台、大きな大会とは縁がなかったが、ずっと…」

 ここまで話すと、こらえきれずに涙を流した。

 一息ついて、猶本は続けた。「ずっと、世界の舞台で戦うことを思い描いてトレーニングを積み重ねてきた。その思いを大会にすべてぶつけたい」

 笑顔で喜びを語るほかの当選メンバーとは対象的だった猶本。涙の会見は大きな反響を呼んだ。だから、あの先制ゴールに多くの人が「感極まった」のだ。

 コスタリカ戦後、速報記事の多くに「苦節9年」「悲願のゴール」などの見出しがおどった。

20歳でなでしこ初招集 早くから将来を期待された

 約9年間、世界の大きな舞台とは縁がなかった――。

 そう語った猶本だが、そもそも彼女の「世代」は、なでしこジャパンに招集されること自体が簡単なではなかったのではないか。

 なぜならば、なでしこジャパンが「2011年女子W杯」で初優勝して以降、当時のメンバー構成、軸になる選手はある程度固定されていたからだ。

 20歳で代表に初招集され、早くから将来を期待された猶本が、大舞台に立つまでなぜ9年もかかったのか。そこには実力以外の「世代的」な、「タイミング的」な要因が少なからずあったと考える。

 その点を深掘りする前に、“猶本世代”の過去を少し振り返りたい。

 猶本がサッカー界で広く知られるようになったのは、おそらく2012年8月から9月にかけて日本で開催された「U-20FIFA女子W杯」を通じてだろう。

 当時の女子サッカー人気は、前年の「なでしこW杯優勝」を受けてフィーバー状態だった。そこで「ヤングなでしこの活躍を見逃すな!」と題してフジテレビが大々的にU-20W杯を放送。ナイターの試合が生中継されたほどだ。

 大会結果は3位。それでも次世代を担う「ヤングなでしこ」の健闘に世間は拍手喝采だった。猶本ら大会出場メンバーはきっと、「次は、なでしこジャパンで活躍するぞ!」と意気込んだにちがいない。

猶本光のいまと昔
W杯初ゴールをあげたコスタリカ戦の猶本光(左)。右は2012年U-20W杯時の18歳の猶本(source: getty images)

「代表定着」難しい W杯優勝メンバーが軸の時代

 だが、当時のなでしこジャパンは世代交代を急ぐ必要はなかった。

 「世界一」の翌年、2012年のロンドン五輪で銀メダル。その評価を確固たるものにした佐々木則夫監督は、2015年のW杯2連覇を目標にチームの底上げを図った。

 そのメンバー構成といえば、W杯優勝を経験した選手が軸。MFでいえば、澤穂希、宮間あや、阪口夢穂、安藤梢、川澄奈穂美…。猶本らヤングなでしこのメンバーたちが割って入るには、相当な爪痕を残さない限り難しい状況だっただろう。

 結果的に、佐々木体制はリオ五輪出場を逃す2016年3月まで続くことになる。

 2012年のU-20W杯で脚光を浴びた猶本は、会見で語ったとおり2014年に20歳で代表に初招集。この年は「なでしこリーグ」のベストイレブンにも選ばれ、調子は右肩上がりだったといっていい。

 にもかかわらず代表に定着できなかったのは、プレーの良し悪しだけではなく、いまではレジェンドと呼ばれる「W杯優勝メンバー」の壁が単純に高すぎたからだろう。そういう時代だった。

“高倉チルドレン”の台頭 加速した世代交代の時代

 では、佐々木監督の退任後になでしこを率いた高倉麻子体制のときはどうだったのか。

 高倉体制になると、「W杯優勝メンバー」の招集は減った。とりわけMFにおいては激減。猶本にもチャンスが回ってくる。代表戦の出場数は増え、2017年は自身過去最多の7試合に出場(当時)。なでしこジャパンのメンバーとして2018年4月に開催のAFCアジアカップで優勝した。同年6月にドイツへ移籍。代表に定着しつつあった。

 しかし、猶本は翌2019年の女子W杯フランス大会のメンバーから落選した。詳しい理由はわからないが、このときの招集メンバーを見ると前年のアジアカップに比べてMF登録は8人から6人に減少。その分、FW登録が7人と多かった。

 MF枠の6人には、10番を背負う阪口夢穂と中島依美のほか、高倉氏が自らが指揮した2014年U-17W杯の優勝メンバーである長谷川唯と杉田妃和、同様に2016年U-20W杯3位メンバー(長谷川、杉田も出場)の三浦成美と籾木結花が選ばれた。いわゆる、“高倉チルドレン”と呼ばれた精鋭たちだ。

 一方、増員されたFWには、MFもこなせる遠藤純や宝田沙織(*)ら若手が入った。いずれも、2018年のU-20W杯優勝メンバー。このころから、直近の国際大会で実績を積んだ杉田や長谷川よりもさらに若い世代が台頭。なでしこジャパンの世代交代を加速させた。

 猶本はその後、2021年東京五輪出場のチャンスもつかむことができなかった。

FW田中美南も“猶本世代” 逆境を乗り越えた2人の共通点

 猶本が語った「約9年」のなでしこジャパンを振り返ると、W杯優勝メンバーが軸だった佐々木体制と、自らの教え子を軸に世代交代を図った高倉体制が続いた。「世代的」「タイミング的」に代表定着が簡単ではなかった時代を過ごしたと考えられる。

 もちろん、澤や宮間のように絶対的な技術や存在感があれば、だれが監督であろうと代表に呼ばれ続ける。だが、そうではない場合、監督の好みや理想とするサッカーに適している選手かどうかが最終選考の優先順位に深く関わってくるからだ。

 今回のW杯メンバー23人の中に、猶本と同世代の選手がもう一人いる。FWの田中美南だ。

 田中は、猶本と同じ1994年生まれの29歳。2012年のU-20W杯をともに戦い、2013年に代表初招集。だが猶本と同様、長く大舞台とは縁がなかった。

田中美南と抱き合ってよろこぶ猶本光
猶本のW杯初ゴール直後、抱き合って喜ぶ田中美南と猶本(source: getty images)

 なでしこリーグMVPで3年連続得点王にもかかわらず、2019年W杯メンバーから漏れたときには大きな話題に。初の大舞台は2021年東京五輪。代表初招集から約8年とやはり遅かった。

 猶本と田中。2人に共通するのは、逆境の中でも努力を続け、高みを目指し、チャンスがいつきてもいいように準備を怠らなかったことだ。

 田中は2019年W杯メンバー落選後、「このままではダメだ」と下部組織時代から長く在籍した日テレ・ベレーザを離れ、INAC神戸レオネッサに電撃移籍。その後はドイツでの武者修行も経験し、自らを磨き続けた。

 そんな2人がいま、ともに初出場のW杯で躍動し、輝きを放っている(田中は予選2得点の活躍)。

 自分を信じ、努力と準備を続けていれば、いつかチャンスはやってくる――。

 プロサッカー選手らしくピッチで答えを示し、人々に勇気と感動をあたえた猶本。“猶本世代”の元「ヤングなでしこ」たちも、彼女の活躍に大きな刺激を受けているはずだ。〈敬称略〉

(了)

*… 大会メンバーに選出された植木理子が開幕前に負傷離脱。代わりに宝田沙織が招集された。なお、植木も2018年のU-20W杯優勝メンバー。

by KEGEN PRESS編集部
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