Jリーグ初の外資経営 レッドブルが「RB大宮アルディージャ」を変える

2024年に日本サッカー界を驚かせたニュースの一つといえば、オーストリアの大手飲料メーカー・レッドブル(Red Bull)による「大宮アルディージャ」の買収だ。Jクラブが外資企業の手に渡るのは初めて。大きな注目を集めた。
今年1月に行われた新体制発表イベントは、派手な音響や照明など従来にはない演出でメディアをにぎわせた。“変革”の予感が漂う大宮。劇的に変わるのか。買収の背景や経緯を整理しておく。
歴史と伝統を尊重 「アルディージャ」の名称とオレンジは継承
大宮アルディージャ(以下、大宮)の買収が発表されたのは2024年8月6日。
同日、親会社である「NTT東日本(東日本電信電話株式会社)」が発行する全株式がレッドブル社(レッドブル・ゲーエムベーハー/Red Bull GmbH)へ譲渡されることが決まり、譲渡契約が結ばれた。NTT東日本は株式譲渡後もスポンサー企業として支援を続ける。
契約では、同時にWEリーグ所属の大宮アルディージャVENTUSを運営する「エヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ株式会社」の発行株式も譲渡された。レッドブル社は男女を通じた大宮のクラブ経営に乗り出す。

日本の主要プロスポーツにおいて、単独で運営権を持つ外資系オーナーが誕生したのは初めてのこと。サッカーの枠を超え、日本のスポーツ・経済界に新しい風が吹いた。
買収によりクラブ名は「RB大宮アルディージャ」に変わり、運営は「RB大宮株式会社」が担う。「RB」は「Red Bull」の頭文字だが、ドイツ語の「Rasen Ballsport(芝生の球技)」にもちなむ。「アールビー」と読む。
エンブレムはレッドブルの公式マークでお馴染みの“2匹の赤い雄牛”がデザインされたものに一新されたが、クラブカラーのオレンジは継承した。
レッドブル社は「アルディージャ」の名称やオレンジカラーの継承について、クラブの歴史と伝統を尊重した配慮としている。
前身は「NTT関東サッカー部」 2017年のJ2降格以降は低迷
強豪でなければ、古豪でもない。サポーターには失礼だが、同じ埼玉県にある浦和レッドダイヤモンズに比べて地味な印象が残るのが個人的な印象だ。
クラブの前身は「NTT関東サッカー部」。その歴史は、NTTが民営化される前の「日本電信電話公社」時代までさかのぼる。1969年に「電電関東サッカー部」として結成されたのが始まりだ。
埼玉県社会人リーグ、関東リーグ、日本サッカーリーグ(JSL)、日本フットボールリーグ(JFL)を経験。近代の日本サッカーの発展とともに歩んできた歴史あるクラブの一つだ。
大宮アルディージャに改名されたのは1998年3月。同年12月に運営法人となるエヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ・スポーツコミュニティ株式会社を設立。プロ化された。埼玉県大宮市(現さいたま市)を本拠地として、翌1999年にJ2リーグ参入。Jクラブになった。
親会社がNTT東日本ということで豊富な資金力を連想してしまうが、世界的名選手を獲得したことはなかったはず。過去のJ1時代の成績をみると、2016年の5位(1stステージ)と6位(2ndステージ)以外はすべて10位以下。タイトル獲得はない(J2、J3の優勝を除く)。
2017年のJ2降格以降は「低迷期」と言える時代を過ごす。2023年に“悪夢のJ3降格”。昨年は尻に火が付いたように奮起し、独走でJ3優勝。1年でJ2に返り咲いた。
エナジードリンク世界大手のレッドブル サッカー事業は拡大路線
レッドブル社とはどんな企業か。
1984年にオーストリアで設立。1987年からエナジードリンク「レッドブル」の販売を手がける。現在、世界178カ国に流通。2024年のグループ売上高は112億2700万ユーロ(約1兆8000億円)に達し、世界大手に成長した。宣伝文句は「レッドブル、翼をさずける」(活力を与える意味)。

飲料販売の一方で、スポーツ分野にも力を注ぐ。
モータースポーツやエクストリームスポーツのスポンサー企業としてイベントやプロ選手を支援。サッカーやアイスホッケー、F1などではチームを所有し、運営する。
サッカーのクラブ経営は2005年に始まる。所有するクラブは以下の通り(2025年2月現在)。
■FCレッドブル・ザルツブルク(FC Red Bull Salzburg)/オーストリア
2005年4月にSVアウストリア・ザルツブルクを買収し、名称変更。若手選手の育成を目的としたセカンドチーム・FCリーフェリングの経営も担う。国内リーグ1部に所属。タイトル獲得多数。
■ニューヨーク・レッドブルズ(New York Red Bulls)/アメリカ
2006年3月にニューヨーク/ニュージャージー・メトロスターズを買収し、名称変更。メジャーリーグサッカー(MLS)のイースタン・カンファレンスに所属。名称にニューヨークが付くが、本拠地は隣接するニュージャージー州ハリソン。
■レッドブル・ブラガンチーノ(Red Bull Bragantino)/ブラジル
レッドブル社が2007年11月に設立したレッドブル・ブラジルと、2019月4月に同社が買収したCAブラガンチーノが合併し、名称変更。国内リーグ1部に所属。レッドブル・ブラジルは23歳以下のジュニアチームとして存続活動中。
■RBライプツィヒ(RB Leipzig)/ドイツ
2009年5月に当時国内リーグ5部所属のSSVマルクランシュタットを買収し、名称変更。2016年に国内リーグ(ブンデスリーガ)1部に昇格し、現在も所属。国内カップ戦(DFBポカール杯)2連覇(2021-22年、2022-23年)の強豪に成長。2016年から女子チームも運営。
■RB大宮アルディージャ(RB Omiya Ardija)/日本
2024年8月に大宮アルディージャ(当時J3リーグ)を買収し、名称変更。J2リーグ所属。女子チーム・大宮アルディージャVENTUSの経営も手がける。
RBライプツィヒは、クラブ名に企業名を入れられないドイツの国内リーグ規定に従い、「レッドブル」ではなく「RB」(芝生の球技を意味する「Rasen Ballsport」の略」)を表記。RB大宮も同じ理由だ。
このほか、クラブ所有には至っていないが、2024年5月にイングランドのリーズ・ユナイテッドFC(国内2部リーグに相当)との間で少数株式の取得を含むスポンサー契約を締結。また、2025年1月にはスペインの強豪アトレティコ・マドリードと2027年6月までの事業提携を結んだ。
大宮の買収は初のアジア進出となる。サッカー事業は今後も拡大路線を進めそうだ。
レッドブル社の本格的なプロサッカー進出は2005年4月。SVアウストリア・ザルツブルクの買収に始まる。だが、苦い経験もあった。いまも遺恨を残す地元サポーターとの間に生じた軋轢(あつれき)だ。
当時、地元サポーターの多くは買収に好意的だった。レッドブル社は外国企業ではなく、オーストリア国内で認知される大企業。財政状況が悪化するクラブを救済するための買収と捉えていたからだ。
しかし、レッドブル社は「歴史のない、新しいクラブを結成する」と発表。経営陣からスタッフ、クラブ名やエンブレムなどあらゆるものが一新された。オーナー企業の名前がクラブ名に入ることは過去にもあったが、クラブの伝統カラーである紫と白のユニフォームまでがレッドブル社の企業カラーである赤と白に変わった。

SVアウストリア・ザルツブルクは1933年設立。歴史と伝統を誇る地元サポーターの愛着は深い。レッドブル社のやり方に反対する一部のサポーターは「イニシアチブ・バイオレット・ホワイト」を結成。クラブの伝統を守る運動を起こした。
協議が行われたものの、互いの主張は相容れなかった。
2005年10月、一部のサポーターが新クラブ「SVアウストリア・ザルツブルク(Sportverein Austria Salzburg)」を設立。オーストリアサッカー協会に登録された。クラブは紫と白の伝統カラーを維持し、現在も活動を続けている。
苦い経験から学んだからだろうか。近年のレッドブル社には、保有するクラブを取り巻く地域コミュニティに寄り添う姿勢がみられる。
2024年2月、ニューヨーク・レッドブルズはホームゲームで使用するユニフォームのデザインを刷新。前身のメトロスターズ時代を彷彿させる赤黒カラーを復活させた。クラブは「レガシーキッド」と名付け、販売。公式サイトを通じて「私たちの歴史と活気あるコミュニティへの敬意。先人たちを称え、後世の人たちを鼓舞する。これが私たちのレガシーだ」と紹介した。
こうした姿勢は地域との信頼醸成を重視したい思いの表れだろう。大宮の歴史と伝統を尊重し、「アルディージャ」の名称やクラブカラーのオレンジを継承したのにもうなずける。
なぜ大宮なのか? 気になる日本サッカー協会新旧幹部との接点
Jクラブ初の外資系オーナー誕生の背景には2020年の規制緩和がある。
それ以前のJリーグは外資によるクラブの保有を制限してきた。2020年に規約が改正され、外資系企業の参入が可能になった。
Jリーグを含め、成長著しい日本サッカーに魅力を感じる外資企業は少なくないはずだ。近年は強豪国を打ち負す実力を証明。代表選手でなくても欧州で活躍する選手は増えている。人材の宝庫だ。

そんな日本に拠点を置けば、サッカーを通じた様々なビジネスチャンスを得られる可能性がある。南野拓実がレッドブル・ザルツブルク経由で名門リバプールに渡った成功例が記憶に新しい。
となると、レッドブル社にとって初のアジア進出は「日本一択」だったに違いない。
ただ、なぜ大宮なのか。気になるのはそこだろう。
クラブの記者会見で問われた同社のオリバー・ミンツラフCEOは、「埼玉はスポーツに力を入れている」「大宮には『眠れる巨人』と言えるほどの大きなポテンシャルがある」と答えるに留め、明確な理由は示さなかった。
個人的に気になるのは、南野拓実の大先輩であり、同じくレッドブル・ザルツブルクの選手だった宮本恒靖氏が日本サッカー協会(JFA)会長に就任した後に成立した買収だったということ。
さらに言えば、元JFA専務理事の原博実氏(元Jリーグ副理事長)が2022年4月から大宮のフロント入りしており、買収後はRB大宮株式会社の社長に就任した。
また、現JFA女子委員長で元なでしこジャパン監督の佐々木則夫氏はかつてNTT関東の選手であり、その後は監督も務めた。2021年は大宮アルディージャVENTUSの総監督だった。
つまり、復数のJFA新旧幹部が「RB大宮アルディージャ」と接点をもつ。ただの偶然なのか。
名将クロップがレッドブル部門責任者に就任 大宮に強い追い風
いずれにせよ、レッドブル社の買収はサポーターを含め、日本サッカー全体としてわりと好意的に受け止められている印象がある。
昨年J3を独走で優勝し、J1復帰を見据え勢いづく中、潤沢な資金をもつ外資企業がテコ入れを行う期待感からだろう。
それだけではない。2025年1月、元リバプール監督の名将ユルゲン・クロップ氏が同社グローバルサッカー部門の責任者に就任した。今後は傘下サッカークラブの国際ネットワークを統括するという。強い追い風が大宮に吹いている。
早期のJ1復帰を念頭に、将来的に日本を代表する名門クラブにすることがレッドブル社が掲げる目標だ。ミンツラフCEOは「単にチームを変えたいのではない。もっとクラブを良くしたいんだ」と強調。お披露目されたばかりの新ユニフォームは例年以上に購入予約が増えているという。
RB大宮アルディージャの変革の行方、その歩みに日本サッカー全体が注目している。
(了)