海外サッカー

サッカーと「パレスチナ問題」― U-20W杯インドネシア開催はなぜ中止されたのか?

パレスチナ旗を掲げるサポーター
W杯カタール大会の会場でパレスチナ旗を掲げるサポーター。2022年(source: aljazeera.com)
 2023年5月にインドネシアで開催が予定されていた20歳以下の男子ワールドカップ(U-20W杯)が急遽中止となり、アルゼンチン開催に変更された。理由は、インドネシアと外交関係がないイスラエルの代表チームの大会出場にあった。国内で強い反対運動が起こったからだ。なぜ、インドネシアの国民はイスラエルを拒むのか。背景にある「パレスチナ問題」とは。詳しく伝える。

イスラエルの大会出場に強い反対運動 抗議デモも

 5月に開幕するU-20W杯は、当初インドネシアで開催される予定だった。しかし、国際サッカー連盟(FIFA)は3月29日、インドネシアでの開催の取りやめを発表。事態は急展開した。

 開幕まで2カ月を切った時点での急展開。なぜ、インドネシア開催を中止せざるを得なかったのか。

 その理由は、大会に出場するイスラエル代表チームにあった。インドネシア国内で強い反対運動が起こったからだ。一部の政党やイスラム教団体は抗議デモを展開。バリ島で予定されていた組み合わせ抽選会は、バリ島の州知事が反対を表明したことで延期に追い込まれた。

 FIFAは、日程(5月20日~6月11日)を変更せず、早急に新たな開催国を決めるとした。そして、4月18日に開催国をアルゼンチンに変更することを正式に発表した。

背景に「パレスチナ問題」 発端はイスラエル建国

 インドネシア国民は、なぜイスラエルを拒むのか?

 背景には「パレスチナ問題」と呼ばれる国際紛争がある。中東にあるパレスチナという地域を巡って対立するアラブ人とユダヤ人の争いだ。

 1948年、アラブ人が多く住むパレスチナにユダヤ人が国をつくった。イスラエルの誕生だ。同年、周辺のアラブ諸国を巻き込むパレスチナ紛争(第1次中東戦争)が勃発。以後、第4次にわたり中東戦争は繰り返された。イスラエルの建国により70万人以上のパレスチナ人が故郷を追われたという。そして、対立はいまも続く。

 アラブ系のパレスチナ人はイスラム教徒だ。そのため、中東、北アフリカなどのアラブ人国家は同胞のパレスチナ人を支援する。その一方で、イスラエルを国家として認めていない。(*)

■人口9割がイスラム教徒のインドネシアの立ち位置

 インドネシアは世界最多2億人のイスラム教徒を抱え、人口の9割近くを占める。宗教の自由が保障され、イスラム国家ではないものの、大多数のイスラム教徒の世論は社会に反映されやすいだろう。

インドネシアの抗議
「イスラエル代表のインドネシアでの出場を拒否する!」と書かれた横断幕を掲げて抗議する現地のインドネシア人(source: celebesmedia.id)

 よって、立ち位置はパレスチナ支援に傾く。国民の反イスラエル感情は根強く、両国間に外交関係はない。インドネシア国民がイスラエルを拒む理由だ。

 このように、パレスチナ問題には国際社会を巻き込んだ宗教対立の側面もある。

 抗議デモが発生した当初、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は「政治とスポーツは別ものだ」と声明を発表。イスラエルの大会出場に理解を促したが、開催中止を回避することはできなかった。

 一方、FIFAはインドネシア・サッカー協会(PSSI)への制裁措置として、「暫定的な開発資金の凍結」を決定した(改善計画次第では解除を検討するという)。

「シオニズム運動」とイスラエル建国
 
 現在のイスラエルがある地中海の東岸地域一帯は、昔はパレスチナと呼ばれた。この地にあるエルサレムには、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のそれぞれの聖地があり、3つの宗教にとって非常に重要な場所である。第一次世界大戦後は、イギリスが「委任統治領パレスチナ」として支配した。
 
 2000年ほど前、パレスチナにはユダヤの王国があった。しかし、ローマ帝国に滅ぼされユダヤ人は散り散りとなり、世界各地で差別や迫害を受ける。
 
 迫害が続くなか、ユダヤ人たちは「かつて王国があったパレスチナの地に戻って国をつくろう」と考え、運動を起こす。これを「シオニズム運動」という。第2次世界大戦中のナチス・ドイツによる「ホロコースト」(ユダヤ人大虐殺)は、とりわけユダヤ人のそうした帰郷への思いを強くさせたという。
 
 1947年、国連総会は「パレスチナ分割決議」を採択。ホロコーストへの同情もあり、エルサレムを国際管理下に置いた上で、アラブ人とユダヤ人がパレスチナの地を2国に分けることを認めた。翌1948年にイスラエルが建国。しかし、この地で1000年以上の歴史を築いてきたパレスチナ人は反発。周辺のアラブ諸国を巻き込み、パレスチナ紛争(第一次中東戦争)が勃発した。
 
 1947年の分割当初、イスラエルに与えられた領土はパレスチナの土地の約56%だったが、4度の中東戦争を経て、徐々に拡大し、現在はその大半を占めている。
 
 パレスチナ人の領土が縮小するなか、1993年に和平合意(オスロ合意)が結ばれ、パレスチナ自治政府の樹立が認められた。しかし、2000年代に入ると、イスラエルによる軍事侵攻が頻発し、パレスチナ自治区(ヨルダン川西岸地区とガザ地区)は現在、事実上イスラエルの軍事支配下に置かれている。2つの自治区とイスラエルとの境界には巨大な壁が立ち隔離されているほか、ガザ地区では人や物などの出入りが厳しく制限された封鎖政策が続く。(2023年4月現在)

中東に位置するイスラエル なぜ欧州予選を戦うのか?

 地理的に言えば中東に位置するイスラエルだが、所属はアジアサッカー連盟(AFC)ではない。なぜ、ヨーロッパ予選を戦うのか。

 そこには「パレスチナ問題」に翻弄されてきた歴史があった。

 イスラエル・サッカー協会の設立はイギリス委任統治領時代の1928年だ。その歴史はイスラエル建国よりも古い。一方、パレスチナ・サッカー協会の設立も同じ1928年。それもそのはず、両者はもとは同じサッカー協会として発足したからだ。

by KEGEN PRESS編集部
LINEで送る
Pocket