【“私だけ”がときめいた、あのプレー】水沼貴史/日産自動車/1992年
“私だけ”がときめいた…。皆さんには、心に残るそんなサッカー選手のプレーはないだろうか。私にはある。他人が見れば「ただの上手いプレー」だが、やたらと脳裏に焼きつき、向上心をかき立てられたプレー。スロー再生を繰り返し、何度も見てしまったプレー。そんな“私だけ”がときめいたプレーを映像とともに紹介したい。興味のない方はスルーで…。 |
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Jリーグが始まろうとしていたころ、カズ(三浦知良)のシザース、いわゆる「またぎフェイント」が流行った。サッカー小僧たちはこぞってカズを真似た。
私もその一人だが、“初めて”真似した「またぎフェイント」はカズではなかった。
それより少し前にテレビで見た、元日本代表FW水沼貴史の「またぎ」だ。「完コピ」できるまで練習した、“私だけ”がときめいたプレーがある。
水沼貴史といえば、「水沼宏太」の父親。いまはその印象の方が強いかもしれない。技巧派の快速FWとして名を馳せたことや日本代表での実績(68試合出場、16得点)を若い世代のサッカーファンは知っているのだろうか。
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その水沼の「またぎ」に魅せられたのは、1992年元日に行われた「第71回天皇杯全日本サッカー選手権大会」(以下、天皇杯)の決勝だ。彼がプレーする日産自動車とカズのいる読売クラブが対戦した。
名勝負として語り継がれるこの試合は、日本サッカーがプロ化する前の最後の天皇杯としても知られる。この年の4月にプロ化が始まり、翌年5月にJリーグが開幕した。
翌1993年元日の天皇杯決勝も同一の対戦カードだったが、クラブ名の表記は「日産横浜マリノス VS 読売ヴェルディ」に変わる。分岐点の試合だった。
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思えば、私が水沼のプレーを見たのはこの試合が初めてだったかもしれない。
当時、テレビを通じてサッカーが見られる機会はあまりなかったし、そもそも私がJリーグの前身である日本サッカーリーグ(JSL)に関心を持ったのは、カズがブラジルから帰国し、読売クラブに加入したからだ。
だから、この試合の目当ても読売クラブだった。カズ、ラモス、武田、北澤、堀池(個人的に好きだった)ら読売の選手はほとんど知っていたが、日産の選手はあまり知らなかった。
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そんな「読売びいき」で見ていた試合は、後半9分に日産が先制した。
直後、先制点にからむプレーに抗議した読売の選手が2度目の警告で退場。読売が劣勢の中、切り札として後半途中に投入されたのが水沼だった。
日産は戦術眼に長けた10番の「司令塔」木村和司(元日本代表)が、一人少ない読売の陣形に空いたスペースをうまく突いた。水沼は両サイドを走り回り、得意のドリブルでチャンスを演出した。
それでも、読売は後半33分に武田修宏が意地の同点弾。試合は延長戦へ。
水沼が本題の「またぎフェイント」を見せたのは、その延長前半だった。
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敵陣の右寄りでボールを受けた木村が、左サイドを一瞬チラッと見てフリーの水沼を確認。右に体を向けたまま、読売DF陣の意表を突くロングパスを逆サイドの水沼へ送った。
水沼はちょうどペナルティエリアの左角あたりで木村からのパスをトラップ。相手DFと一対一の状況に。そこから足裏を使ってボールを左へ転したとたん、水沼はサササッと数回またいで相手DFを揺さぶり、隙を突いて右足でシュートを放った。
「え、いま何やった??」
動作が速すぎて分からなかった。当時中学生だった私の動体視力では追いつけなかったのか。それとも見慣れない「またぎ」のせいか。
水沼のシュートは枠を外れたが、直後、私の問いに答えるようにフェイントに焦点を当てたスロー映像が流れた。(よく見ると「またぎ」は1回だけ。ほかはフェイクの動きだった)
数分後、再び左サイドで仕掛けた水沼のクロスから木村の逆転弾が生まれた。日産はその後も追加点を重ね、4対1で勝利。天皇杯を制した。
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実況から「ベテラン」と連呼されていた水沼はこのとき31歳。数的優位の中で途中投入された自らの役割を理解し、仕掛け続けたプレーは読売にボディーブローのように効いていた。
私は読売クラブが負けて悲しかったが、水沼の「またぎフェイント」には目を輝かせた。その後、録画したビデオを何度も見返し、「完コピ」できるまで根気よく練習した思い出が残る。
それでも、「本家」のしなやかさは出せなかった気がする。試合中、“名物解説”の松本育夫氏が「水沼くんにしかない技術、フェイントの形が出ている」と話していたが、内股ぎみで、走り方やボールタッチが独特な“水沼ならでは”の「技」なんだろう。
ただ、こうして改めて映像を見ると、実によくある「またぎ」。速さも普通だ…。でもあのころは、とにかく感嘆きわまりない“妙技”だったと、強調しておきたい。<一部敬称略>
(了)
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