汚職事件から再出発した中国サッカーは「長征の道」を歩む
大規模な汚職事件で現職幹部の逮捕、起訴が相次いだ中国サッカー協会。しばらく不在だった会長ポストが10月半ばにようやく決まり、再出発した。新会長は失敗を認め、「長征の道を歩むほかない」と決意を表明。今度こそ強化は進むのか。中国サッカー界を揺るがした汚職事件の流れを整理し、刷新された協会執行部の顔ぶれや人事の背景などを探った。 |
中国サッカーに衝撃が走った 元スター選手「李鉄」の逮捕
今回、中国サッカー界を揺るがした汚職騒動は大きく分けて2つある。
一つは、前男子代表監督の李鉄(リー・ティエ)氏の拘束に始まったサッカー協会関係者を取り巻く不祥事だ。
2022年11月26日、中国当局は「重大な規律違反」の疑いで李氏を調査中だと発表した。李氏は、現役時代に英国イングランドでも活躍したサッカー界の「英雄」だ。元スター選手の拘束に衝撃が走った。
引退後は指導者となった李氏。協会からの全幅の信頼を得て、2020年1月に代表監督に就任。20年ぶりのワールドカップ(W杯)出場を目指したが、本大会出場はならず、2021年12月に辞任した。突然の拘束は協会による指導者養成講義の最中だったという。
李氏の拘束は嵐の前触れだった。
2023年に入ると、当局は次々にサッカー協会関係者を調査のために拘束。その顔ぶれに世間は騒然とした。
陳戌源(チェン・シューユエン)会長をはじめ、杜兆才(ドゥ・ジャオツァイ)副会長、劉奕(リウ・イー)事務局長、陳永亮(チェン・ヨン・リアン)事務局次長ら多数の現職幹部が名を連ねた。副会長の杜氏は国家体育総局副局長(スポーツ副大臣に相当)を兼務する政府要人だ。
中国において「重大な規律違反」を疑われた場合、ほぼ「クロ」であることを意味する。
現役韓国代表らが逮捕されたプロリーグの「八百長疑惑」
もう一つは、中国1部・スーパーリーグの八百長疑惑だ。
2023年3月、中国1部・山東泰山所属の元中国代表選手、金敬道(ジン・ジンタオ)が調査のために拘束された。5月には同クラブの郝偉(ハオ・ウェイ)監督と韓国人選手の孫準浩(ソン・ジュンホ)らも拘束。八百長疑惑が報じられた。
山東泰山は2021年のリーグ王者。中国FAカップは2020年から3連覇した国内強豪クラブである。
郝偉氏は中国女子代表の監督経験を持つ国内屈指の指導者。一方、孫準浩は2020年にKリーグMVPを受賞した現役の韓国代表選手だ。大物監督、選手が八百長に関与したというニュースは大きな注目を集めた。
孫準浩は、朝鮮族で韓国語が話せる金敬道と親しかった。そのため、巻き添えを食ったのではとの見方もある。
勾留後の6月に韓国代表メンバーに選出され、韓国側が早期解放を要求。一時は国際問題に発展する可能性が報じられた。
孫は6ヶ月間の勾留を経て、正式に逮捕された。容疑については否認しているという。韓国の外交当局は依然、折衝を続けている。
まん延する腐敗 サッカー協会内部にまで及ぶ深刻な事態
1994年のプロリーグ発足後、中国サッカーの不祥事は繰り返されてきた。
2003年には上海申花のリーグ優勝が剥奪され、選手や関係者ら33人が永久追放となった八百長事件があったが、それ以前にも、以後にも、摘発された八百長事件はいくつもある。逮捕されたサッカー協会関係者は何人もいる。
だが、会長をはじめ現職のサッカー協会幹部が芋づる式に一斉に拘束されたケースは過去にあっただろうか。本来は腐敗を根絶すべき立場の協会の中で不祥事は起きた。事態は深刻だ。中国サッカー史上最大規模の汚職捜査と言われるのも無理はない。
一方、当局が「腐敗分子」の一掃を急いだ理由は他にもある。背景にあるのは、国家主導で進める「サッカー中長期発展計画」の存在だ。
「サッカー超大国」を夢見る習近平氏のメンツはつぶされた
現国家主席の習近平氏はW杯の自国開催を望む大のサッカー好きとして知られる。
その習氏の肝いり政策と言われ、2016年にスタートしたのが「サッカー中長期発展計画」。2050年までに「サッカー超大国」を目指し、現在は中期段階だ。
近年は「サッカーバブル崩壊」と言われたプロリーグの再建に着手。大手不動産などの母体組織に依存しすぎないクラブ経営を目指し、日本のJリーグに習って「クラブ名における企業名の使用禁止」や「選手年俸規定」などを導入。軌道修正を図っている。
そんな矢先に過去最大規模の汚職事件は起きた。「サッカー超大国」を夢見る習氏のメンツは丸つぶれだ。
さらに言えば、習氏は2013年の国家主席就任当初から「腐敗撲滅運動」を推進。サッカーだからといって甘い対応を取れば、国民の政権批判につながりかねない。容赦のないメスを入れたのは当然だろう。
元スター選手の李鉄氏は贈収賄の容疑で6月に正式に逮捕、8月に起訴された。今後は公開裁判が行われるという。
李氏は法廷で何を語るのか。汚職事件の全容は明らかにされるのか。注目だ。
新会長は宋凱氏 遼寧省体育局長時代の手腕買われ抜擢
中国サッカー協会は10月16日、会長1人と副会長4人の新執行部を選出した。前会長の陳戌源氏が9月に収賄の罪で起訴されてすぐのタイミングだ。
さらに10月下旬にパリ五輪女子サッカーアジア2次予選が差し迫り、11月半ばには男子の2026年W杯アジア予選も始まる時期でもあった。これ以上、再始動を引き延ばせない事情もあっただろう。
新会長には、元遼寧省体育局長の宋凱(ソン・カイ)氏が選ばれた。
宋氏は1965年1月生まれの58歳。北京体育大学出身で、体育大学の教員や要職を歴任し、2000年に遼寧省体育局に入局。副局長を経て、2016年から局長を務めた。
遼寧省のスポーツ産業の発展に大きく貢献し、プロバスケットボールクラブを3度のリーグ制覇に導いた実績があるという。その手腕を買われての抜擢とみられる。
副会長の顔ぶれ レジェンド「孫雯」以外は他競技から選出
副会長には、孫雯(スン・ウェン)、袁永清(ユエン・ヨンチン)、楊旭(ヤン・シュウ)、許基仁(シュウ・ジーレン)の4氏が選出された。
孫氏は元女子代表選手でW杯出場4回。現役時代はアメリカでもプレーした中国女子サッカー史上最高のレジェンドだ。副会長は前期からの留任。女子サッカーの発展に彼女の力がまだ必要と判断されたのだろう。女子サッカー部門を統括する。
袁氏は中国バスケットボール協会党副書記からの転任。今後は事務局長を兼務し、人事、財務といった協会の管理および育成年代の強化を統括する。
楊氏はかつて中国ソフトボール協会の事務局長、副会長、会長を歴任し、世界野球ソフトボール連盟(WBSC)のアジア部門担当の経験もある。今後はスーパーリーグなど各種の大会運営を統括する。
許氏は、国営新華社通信のスポーツ担当記者だ。2019年からサッカー協会に在籍し、報道委員会主任を務めていた。今後はメディア部門のほか、審判員や協会員の管理、フットサル部門、ビーチサッカー部門を統括するという。
人事刷新のねらいは「クリーンさ」の印象づけと癒着防止か
前会長の陳戌源氏は、2012年末にスーパーリーグの上海上港FC(現上海ポートFC)を買収した中国最大の港湾国有企業「上海国際港務グループ」の会長だった。
買収後、陳氏は「金満経営」により名監督や名選手を相次いで獲得。クラブ規模の拡大に成功した。
その後、2019年にサッカー協会の会長に就任。会長職は長く国家体育総局の要職者が就いていたため、陳氏の就任は「風穴を開けた」印象もあったが、結果的に金権腐敗を生んだ。
そう考えると、今回の人事は「スポーツ界に精通するが、サッカー界に深い関わりのない人(癒着のない人)」をあえて選んだのかもしれない。
それは副会長人事からもうかがえた。
女子サッカーを統括する孫雯氏は留任したが、孫氏とともに2019年から副会長を務めた高洪波(ガオ・ホンボー)氏は再任されなかった。しかし、高氏は協会職を解かれたわけではなく、テクニカルディレクター(技術委員長に相当)に就任。育成強化などに携わるという。
高氏は元代表選手で過去に男子の代表監督を2度務めたレジェンドの一人。必要とされているからこそ、協会職に留まったのだろう。
だが、体面を考え、副会長の留任は避けたのではないか。「クリーンさ」を印象付けるため、あえて他競技の新任者を選んだが、強化実務は高氏に任せる。また執行役員から外すことで、協会外部との癒着防止にもなる。
高氏の人事については、2026W杯予選で現代表監督が更迭された場合の後任案として副会長職を解いたのではないか、などの憶測も出ている。
再優先は“青少年育成” サッカー版「改革開放」を推進
宋凱氏が会長就任後初の視察に選んだのは、10月22日に山東省で行われた15歳以下の男子サッカーのリーグ戦だった。
国営の新華社通信によると、宋氏は現地でメディア向けの会見を開催。「中国サッカー協会の最優先事項は“青少年の育成だ”」と強調したという。
また、「12歳時点では、中国の選手は日本や韓国の選手と同じレベルにある。だが、16歳になるとその差は大きくなる。選手はより高いレベルの大会や試合を通じて成長し続けるものだが、中国の青少年の競技システムは不安定だ。改善する必要がある」と述べた。
発言の背景にあるのは、今年9月に中国・青島市で開催された「EAFF・U15男子選手権」(東アジアサッカー連盟主催)だろう。決勝で中国が日本を破り、優勝した(試合は0-0、PK戦の末に中国が勝利)。技術的な差が開くのは、中高生年代の指導過程だと考えたに違いない。
さらに宋氏は「青少年育成の国際化」の重要性を指摘。
今後は国際交流の機会を増やし、国内に登録する137人の外国人コーチを活かした「指導者の国際化」を進めるという。また、大会出場選手の国籍制限の緩和など、競技システムの見直しも示唆。技術レベルや選手間の競争を高めるのがねらいだ。
近年、中国サッカーは育成強化に巨額な投資を行っている。「日本サッカーの発展を支える中高生の部活動」にヒントを得て、全国に2万校の「サッカー学校」をつくる計画も進行中だ。
宋氏が提案する「青少年育成の国際化」とは、こうした様々なサッカー発展計画をいわゆる中国でいう「改革開放政策」をもって進めるということだろう。
就任早々の11月22日、中国サッカー協会はドイツのブンデスリーガとの提携事業「ブンデスリーガ・ドリームプロジェクト」を発表した。2024年2月から3月まで16歳以下の中国代表選手をドイツへ派遣し、強化合宿を行うという。
「“奇妙な政策”もう導入しない」 失敗認め、再建誓う
再出発した中国サッカー協会だが、SNSなどの投稿に見る国内サッカーファンの声はいたって冷ややかだ。失った信用を取り戻すには、長い時間と目に見える成果が必要だろう。
「中国サッカーは、『長征』の道を歩むべきだ」
就任会見で宋凱氏はこう述べている。
「長征」とは、中国共産党による歴史的偉業のことだ。国民党との内戦時、劣勢を強いられ拠点の江西省瑞金を放棄した共産党は、約1年間をかけて陝西省へ移動。再び拠点をつくり、組織を立て直した。逃避行だが、中華人民共和国の建国につながった「戦略的後退」と語り継がれる。
「紅軍(人民解放軍の前進)は5回の反撃に失敗し、『長征』に乗り出した。いまや中国サッカーにおいて、他に進むべき道はない」
失敗を認め、再建を誓った宋氏。プライドが高く非を認めない傾向が強い中国人にしては珍しく、この時期に協会トップを引き継いだ覚悟がうかがえる。
また宋氏は、「これまで無計画に行われた多くの政策が中国サッカーの発展を阻んだ。“奇妙な政策”はもう導入しない」と断言。
失策として例に上げたのは、2022年W杯予選のために代表強化を最優先して国内リーグを休止させたことや、プロリーグで23歳以下の選手3人の出場を義務化したことだ。後者は、義務を果たすために出場した23歳以下の選手をわずか数分で交代させるクラブが出るなど物議をかもした。
習近平氏「肝いり」の「サッカー発展計画」だからといって、進捗を気にして成果を急げば、再び誤った方向へ進む可能性もある。
「長征」を決意した中国サッカーは今度こそ腰をすえ、長期的な視野で強化に取り組めるのか。サッカーの発展は一朝一夕にいかない。
(了)