サッカー脳を育む

エリクセンの復帰から考える、サッカー選手の心臓疾患とAED普及

ブレンフォードFCのエリクセン
心停止の悲劇から259日ぶりに公式戦のピッチに交代で入るエリクセン(source: brentfordfc.com

 昨年6月のEURO2020(*)の試合中に心停止で倒れ、心肺蘇生法で一命をとりとめたデンマーク代表MFのクリスティアン・エリクセンが2月26日、英プレミアリーグ第27節に途中から出場。259日ぶりに公式戦のピッチに復帰した。

 EURO2020の対スウェーデン戦。味方のスローインのボールを受けようと駆け寄ったエリクセンは突然ピッチに崩れ落ちた。当時、イタリアのインテル・ミラノに所属するデンマーク代表のエースだったエリクセン。悲劇のシーンは一瞬にして世界中のサッカーファンを凍りつかせた。

 ピッチ上でAED(自動体外式除細動器)による心肺蘇生を受けたエリクセンは、再び息を吹き返し、救急搬送された。その後、心臓の手術を行い「植え込み型の除細動器(ICD)」を装着。しかし、イタリアの規定ではICDを装着した選手はプレーできないため、昨年12月にインテルとの契約を双方合意の上で解除。今年1月にブレントフォードFCと2021-22年シーズン終了までの契約を結んだ。

後をたたない、サッカー選手に起こる心臓疾患

 アスリートに起こる心臓疾患の問題は以前から指摘されている。中でもサッカー選手の事例は後を絶たたず、昨年はエリクセンのほかにも印象に残るニュースがあった。

 アルゼンチン代表FWのスター選手、セルヒオ・アグエロは昨年10月、試合中に胸の違和感を訴え途中で交代。その後、不整脈と診断され同12月に現役引退を表明した。

 一方、同年11月にはJリーグの湘南ベルマーレに所属するブラジル人MFのオリベイラが「うっ血性心不全」により23歳の若さでこの世を去った。練習に顔を見せないためスタッフが訪ねたところ、自宅内で倒れていたという。

 また、過去をさかのぼれば、ワールドカップ2002日韓大会に出場した元日本代表の松田直樹さんが2011年8月2日に当時所属していた松本山雅FCの練習中に心停止で倒れ、2日後に息を引き取った。原因は「急性心筋梗塞」。34歳だった。

 松田さんを襲った悲劇は当時の日本サッカー界に大きな衝撃をあたえ、救命救急に対する考え方を改めさせた。

「起始異常」が原因? 血圧の上下動が激しいサッカー

 突発的な心臓疾患がサッカー選手に多いのはなぜなのか――。

 心臓外科医の天野篤氏(順天堂大学医学部教授)は今年2月の投稿記事の中で、「冠動脈起始異常」によって起こる致死性の不整脈の可能性を指摘した。同氏はかつて天皇陛下の心臓手術の執刀医も務めた名医だ。

 天野氏によると、それまでほとんど症状がなかった人が1回目の心臓発作で突然死に至る場合、「冠動脈起始異常」が関与しているケースが考えられるという。

 「起始異常」とは、心臓に栄養や酸素を送る冠動脈が、本来の場所とは違うところから「ずれて」出ている先天性奇形のことで、普段は自覚症状がない人がほとんどだという。

 この「ずれ幅」が大きい人の場合、運動量や心臓の負荷量が増加すると、また冠動脈自体に硬化が起きると、血圧が上昇して急に心筋への血流が途絶され、「心室細動」といった不整脈を起こす危険性があるという。

 サッカーは、スプリント、停止、スプリントを繰り返すスポーツだ。当然、血圧の上下動は激しく、起始異常がある人は心室細動を起こしやすい。天野氏は「心停止で倒れ、AEDによる処置が間に合わなければ、死に至ることもあり得る」と指摘する。

 起始異常があるかどうかは、心臓エコーと心臓CTを組み合わせた検査で確認できるという。「不安がある人は一度検査を受けておくといい」と天野氏は勧める。

松田直樹さんの悲劇をきっかけに 注目されたAEDの重要性

 もちろん、「冠動脈起始異常」以外にも心停止が起こる原因はある。

 持久系のアスリートは、一般の人に比べて5倍以上も心室細動が起こりやすいことを記す文献もあるという。要は、アスリートだから心臓が強いのではなく、それだけ心臓への負担が多く蓄積しているという考え方である。

 よって、大切なのことは、心停止が起きたときにいかに早くAEDによる救命処置を行えるかだ。

心停止状態となったエリクセン
ピッチ上で救命処置を受けるエリクセンと祈り続けるデンマーク代表選手(source: getty images)

 冒頭で紹介したエリクセンの場合、倒れて1分以内にピッチ上ですぐにAEDによる緊急処置が行われ、一度目の除細動で心拍が回復した。

 一方、松田直樹さんの場合、心停止で倒れた現場のグラウンドにAEDは設置されていなかった。報道によると、倒れた1分後に偶然に練習を見学していた看護師が人工呼吸と心臓マーサージを行い、10分後に救急車が到着。すぐにAED処置を行ったが、救命はかなわなかった。

 日本循環器学会によると、心停止が起こっても3分以内にAEDによる電気ショックを行えば、およそ7割の人は助かるという。しかし、その一方で1分遅れるごとに1割ずつ救命率は低下。10分を過ぎると救命は困難だという。

 日本のスポーツ現場において、AEDの重要性が注目されるようになったのは松田さんの死がきっかけだ。

 日本サッカー協会(JFA)はそれまで、JリーグのクラブだけにAED設置を義務づけていたが、松田さんの悲劇をきっかけに、2012年度からJFLやFリーグ、なでしこリーグなどにおいても試合会場や練習グラウンドでのAED設置を義務づけた。

 そして、こうした取り組みは陸上などサッカー以外の競技にも広まっていった。

ADEとっさに使えますか? 全国に設置60万超も使用率5%

 JFAは現在、プロ、アマチュア問わず、チーム単位でのAED所有を呼びかけている。

 AEDは2004年7月から医療従事者ではない一般の人も使用できるようになった。駅や学校、店舗など、いまや全国60万以上の公共施設に設置され、日本は「AED先進国」と言われる。その設置場所は、日本AED財団の公式ウェブサイト「AED MAP」ですぐに確認できる。

 しかし、使用率となると約5%ときわめて低い。目の前で誰かが心停止で倒れたら、いったいどれだけの人がとっさにAEDを使えるだろうか。

 日本AED財団は、コロナ禍で行えないAED講習会に代わるオンラインのAED・救命講習会を定期的に開催している。また、インターネットで検索をすれば、AEDの使い方を含む救命救急に関する動画コンテンツがたくさん見つかる。

 心停止は「いつでも、どこでも、だれにでも」起こりうることだ。そういう意識をみんなが共有し、使い方を含めたAED普及に関心を持つことが求められている。〈一部、敬称略〉

(了)


*…新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年から2021年に延期された。


【関連サイト】
公益財団法人日本AED財団 
AED MAP

by KEGEN PRESS編集部
LINEで送る
Pocket