サッカーメディアは「現地読み」の動き ― 韓国、中国の “人名表記問題”
中国では「ジョンゾンゲン・カンホン(中曽根康弘)」と漢字の中国語読みで呼ばれていた。また、中国政府から「現地読み」の要請があったわけでもなかった。「相互主義」は成り立たず、日本のメディアが「現地読み」する特別な理由はなかったのである。
人名表記における韓国と中国の違いはこうして生まれ、韓国人名の現地読みだけが浸透していった。
ちなみに、韓国では建国当初から民族の象徴である「ハングル」の使用が政策として強調された歴史がある。現在、漢字はほとんど使われてなく、同音異義語を判別するために併記する場合などに限られている。
「メッシ」は「梅西」 なんでも漢字で表す中国語
私が中国に留学したばかりのころ(20年以上前)、知り合った中国人の友人が「ジョンティエン・インショウ」という単語を口にした。サッカーの話をしていたときのことだ。
聞き取れなかった私は「何のこと?」と尋ねた。すると友人は「知らないわけはない!」とすかさずノートに漢字を書いた。
筆談してすぐに分かった。友人が書いたのは「中田英寿」。漢字は同じだが、発音が異なるため聞き取れなかったのである。
中国では、世界中のあらゆる固有名詞を漢字で表す。
漢字それぞれには独自の発音法があり、アルファベットなどを組み合わせた「拼音」(ピンイン)と呼ばれる発音記号によって読み方が示される。ピンインは、日本語のひらがなで書いた「読みがな」のようなもので、例えば「こんにちは」を意味する「你好」のピンインは「ni hao」。これで「ニイハオ」と読む。
多くの日本人は名前を漢字で表せるため、中国人は「中田英寿(ZHONG TIAN YING SHOU/ジョンティエン・インショウ)」とそのまま「ピンイン読み」する。
では、漢字のない外国人の名前はどうするのか。
例えば「マラドーナ」は「馬拉多納」と書く。ピンイン表記は「MA LA DUO NA」で、発音すると「マー ラー ドゥオ ナ」だ。「メッシ」は「梅西(MEI XI)」で、「メイ シー」と発音する。(実際はこれに「四声」という4つの声調がからむため発音はより複雑だ)
お気づきだろうか。マラドーナの漢字は、馬(MA)、拉(LA)、多(DUO)など、音が似ている漢字をあてているのである。「この名前には、この漢字をあてよう」と誰が決めているのだろうか。政府の役人だろうか、それとも国営メディアか。
日本人の中にも、「北コウタ」のように名前の一部に漢字がない人がいる。その場合は自分で漢字を決めてあてる。(著名人ではないので)
「北宏太」でも「北幸多」でもいいが、漢字それぞれのピンインが違うので、前者なら「ベイ・ホンタイ」、後者なら「ベイ・シンドゥオ 」と発音が変わってしまう。そういえば、留学中に露店でよく宇多田ヒカルの海賊版CDが売られていたが、表記は「宇多田光」だった。
サッカーメディアの「現地読み」は国際化への動き
このように日中両国の人々は、相手の国では違った名前で呼ばれるのが現状だ。
Jリーグ創生期のガンバ大阪に「賈秀全(か・しゅうぜん)」という中国人DFがいたが、彼の本当の名前は「ジア・シウチュエン(JIA XIU QUAN)」。一方、かつて中国のプロクラブで指揮を執った元日本代表監督の岡田武史氏は、「ガンティエン・ウーシー」と呼ばれていたのである。
日中両政府がこの問題を放置しているのは、互いに解決の必要性を感じていないからなのだろうか。それとも、「現地読み」を始めたときに起こる社会や経済などの混乱が面倒で避けているのだろうか。
中国留学中、私はサッカーを通じて知り合ったごく親しい友人には、「おれの名前はベイじゃない。本当はキタなんだよ」と教えていた。友人たちは面白がって茶化すように「キタ~」と呼んでいたが、それが「本当の名前」である。だから日中の人々も、日韓のように「現地読み」で呼び合うべきだと私は思う。皆さんはどう思いますか?
こうした中で一部の新聞社が「現地読み」のルビを付けだしたのは、きっと「国際化」を意識した動きだろう。
「しゅう・きんぺい(習近平)」と言って通じるのは日本だけで、世界中の人々は「シー・ジンピン」と言っている。このまま日本だけ「しゅう・きんぺい」でいいのだろうか。「国際化」の観点でみれば改善すべき問題だろう。
サッカーは最もグローバル化が進むスポーツだ。だからこそ、サッカーに特化したメディアはいち早く韓国や中国の選手名の「現地読み」表記に踏み切っているのだと考える。新聞社を含め、こうした民間の動きが徐々に日本人に浸透していけば、いずれ政府も重い腰を上げるかもしれない。
(了)
*… NHK放送用語委員会「中国の地名・人名についての再確認」(NHK出版刊『放送研究と調査』2008年3月号に掲載)