“天才”ファンタジスタ引退。「小野伸二の再来」は当分現れそうにない
「サッカーを楽しむ」を貫いた天才
「天才」と呼ばれた稀代のファンタジスタ、元日本代表MFの小野伸二が、12月3日のJ1リーグ最終節をもってプロサッカー選手を引退した。
小野といえば、「神業レベル」の柔らかいタッチで誰よりもボールを手なずけ、ボールと戯れていた。真剣勝負の中にも「遊び心」があふれ、試合中でもニヤついている。そんな印象が私にはあった。
要するに、「サッカーを楽しむ」を貫いた選手。それが小野伸二だ。
自分が楽しんでこそ、周りも楽しませられる――。観客を楽しませたいという思いが小野のプレーからはつねに伝わってきた。
同じファンタジスタの「中村俊輔」とはまた違ったワクワク感があった。「予想を裏切るプレー」への期待感は小野のほうが上回っていたように感じる。
気になる小野伸二のマインドセット
つねにサッカーを楽しむ――。
とはいえ、「言うは易し、行うは難し」である。厳しいプロの世界。順風満帆が引退まで続く選手など誰一人いない。小野だって困難や試練を感じることは多々あったはずだ。
29歳の若さで現役を引退した中田英寿(ヒデ)は「サッカーが楽しめなくなったから」と、のちに引退の理由を語っている。
自身の理想や哲学はあるだろう。でも、サッカーは一人ではできないし、戦術やメンバーを決めるのは監督だ。葛藤があっても、折り合いつけ、先へ進まなければならない。
だから、44歳までプロサッカー選手を続けた小野の場合、困難なとき、うまくいかないとき、どう頭を切りかえ、楽しみを見いだしたのか。いまさらながら、そのマインドセットが気になった。「心豊かに生き抜く」みたいな人生のヒントを小野はきっと知っている。
そんなことを考えていたら、初の著書『GIFTED』(幻冬舎刊)が11月下旬に発売されたばかりだと知った。実に戦略的なタイミング…さすが。「楽しむ」の答えが書かれているかもしれない。
トッティとヒデ ファンタジスタの嘆き
小野伸二の現役ラストマッチが近づく11月半ば、DAZNが配信したある企画が話題になった。
かつてイタリア・セリアAのASローマで共闘した中田英寿とフランチェスコ・トッティの対談だ。注目されたのは2人が語った現代サッカーへの苦言である。
トッティはこう切り出した。「もういまはテクニックじゃなく、フィジカルなんだ」
そして、嘆いた。「サッカーは楽しい。ただ、それだけだろ? 楽しいから試合を見に行く。行けば、すばらしい選手のすごいプレーを見られる。ところがいまはどうだ? 走って走って、めちゃくちゃだよ…」
中田はトッティにうなずき、「そのとおりだ」と共感。そして話した。
「どれくらい走れて、どらくらい速いか、強いか…。ファンタジーのあるプレーはもう見られない。だから、おれはもうサッカーは一切見ないんだ」
フィジカル重視の現代サッカーに関心はないと、ヒデは言い切った。
中田もトッティも同じ世代を戦ったファンタジスタ。そして小野も。ここに小野がいたら、何を語っただろう。聞いてみたかった。
薄れつつある、司令塔「10番」の必要性
「ファンタジーのあるプレーはもう見られない」――。
ヒデの言葉が心に刺さるのは、私が同じ時代を生きてきたからかもしれない。
いまのシニア世代のサッカーバカは、その多くがファンタジスタに魅了され、あこがれ、プレーを真似し、それを原動力にサッカーに打ち込んだ過去をもつと言っても過言ではない。
ジーコ、ラモス、ストイコビッチ、名波浩、中田英寿、中村俊輔、小野伸二…。
創造性豊かな“妙技”に心躍らされ、「え、そこ見えてたの?」「そのタイミングで出すかあ~」などと驚嘆の声を繰り返してきたのである。
しかし、サッカーのトレンドは時代とともに移り変わった。
現代サッカーはフィジカル重視。いわゆる司令塔のような「10番」の必要性は薄れつつある。三笘薫や伊東純也のような速くて突破力のあるドリブラーをサイドに置き、起点をつくるのが主流だ。司令塔の戦術眼に頼る時代ではなくなった。
なので、子どもたちや中高生のあこがれも変わった。かれらが魅了され、真似し、目標とする選手はファンタジスタではなく、サイドで輝きを放つアタッカー。三笘や伊東、久保建英や堂安律のような「個」の力で切り込み、得点が取れる選手である。圧倒的に人気が高い。
子どもたちよー 「YouTube」見てね!
子どもたちのあこがれが変わったいま、「小野伸二の再来」は当分現れそうにない。
言い方を変えれば、いまの日本サッカーはファンタジスタが育ちにくい状況にある。日本人は「右へならえ」の傾向が強い。新しいトレンドが生まれればみんな一斉にそこを目指すからだ。
この背景には、ファンタジスタに依存した戦術が日本サッカーの課題だったこともあげられる。そこから脱却するため、「個」を重視したインテンシティの高いサッカーに取り組んだからこそ、W杯での強国撃破につながったのも事実だ。
トッティや中田の嘆きは十分に理解できる。だが、ファンタジスタがいるから楽しい、いないから楽しくないの二極論でもないと思う。
日本サッカーがさらに進化する過程の中で、いまのベースのプラスアルファとしてファンタジスタの資質を持つ選手との共存が必要になる。個人的にはそんな可能性にも期待したいところだ。
やや「ファンタジスタ」というくくりだけで小野の話を進めてしまった感があるが、ボールを扱う技術は日本サッカー史上最高の選手だったと強調したい。あと、「左膝の大怪我がなければビッグクラブに行けた…」というタラレバ話。私もそのとおりだと思う。
だから、子どもたちよー、「YouTube」にころがる小野伸二のスーパープレー動画も見てね!
〈敬称略〉
(了)