サッカーとミスチルとサムライブルー。その関係性を探った『日本代表とMr.Children』
聴く人の心に寄り添う、愛される「Mr.Childrenの音楽」
突然ですが、Mr.Childrenは好きですか?
言わずと知れた日本を代表するモンスターバンドで、私の高校時代に「CROSS ROAD」や「innocent world」が大ヒット。一瞬にして人気が沸騰した。直後に放送されたテレビドラマ『若者すべて』の主題歌「Tomorrow never knows」は、当時の日本中の若者の心をわしずかみにし、トップアーティストとしての地位を確立した。
Mr.Children(以下、ミスチル)の存在を知った高校生の私は、デビュー当時の初期のアルバムをさかのぼって聴きあさった。クラスメイトのN君がさっそく買い揃えた過去のCDアルバムが、“高速回転”で貸し借りされていたのを覚えている。
ミスチルが愛される理由の一つに、ボーカルの桜井和寿氏がつづるメッセージ性の強い歌詞があげられる。デビュー当時や初期のころはラブソングが多かったが、人気が出てからは人生の迷いや葛藤をストレートに表現する歌詞が増えた。
聴く人それぞれが「自分の人生と重ねあわせ」、迷ったとき、困難なときに、背中を押されたり、勇気づけられたりした。「この曲を聞くと、あのころを思い出す」という人は多いのではないだろうか。
そういう私も、「星になれたら」を聴くと、北海道の高校を卒業し大学進学のために家族と離れ上京した当時を思い出す。羽田空港行きの飛行機の中で何度も聞き、センチメンタルな気分になった。
その後、大学生、社会人になっても、ミスチルの新譜を追い続けた。そしていまに至る。人生の節目節目で寄り添ってくれた曲は少なくない。
そんなミスチルは、2022年の今年でデビュー30周年だという。民放でいくつか特集番組が放送されていた。メンバーの年齢はすでに50代。いまの若者にも受け入れられているのかは分からないが、名曲の数々は世代を超えて聴く人の心に刺さっているはずだ。
なぜここでミスチルを取り上げたのかというと、以前、街の図書館で『日本代表とMr.Children』(2018年/ソル・メディア刊)という珍しい本を見つけたからだ。「こんな本があったのか」とすぐに借りた。ミスチル30周年を祝して、この機会に紹介しようと思った。
名波浩と知り合い、“サッカーバカ”になった桜井和寿
サッカーファンの多くが、またミスチルファンの多くが、ボーカルの桜井和寿氏がかなりの“サッカーバカ”であることを知っている。GAKU-MCとのユニット「ウカスカジー」によるサッカー日本代表応援ソングや、ミスチルファンを公言する元日本代表主将の長谷部誠との交友関係などが広く知られているからだ。本書が生まれた理由もそこにあるだろう。
桜井氏は小学生のころは野球少年で、ミスチル初期のころはメンバーと草野球を楽しんでいた。1996年4月に発売の11thシングル「花 -Memento-Mori-」のPV映像では、雪の中でメンバーと野球をするシーンが出てくる。
しかし、ミスチルが活動休止中の1997年ごろ、桜井氏は元日本代表の名波浩氏と親交を深めたことをきっかけにサッカーに傾倒していく。
草サッカーチーム「ジュビロ研究会」をつくり、自身がプレーすることにのめり込んでいった。ライブ会場でのリハーサルの合間に、ドリブルやリフティングで体を動かす桜井氏の姿はいまではお馴染みだ。
私は過去に、人生を再び歩めるのなら「プロサッカー選手を目指したい」と語る桜井氏のインタビュー記事を読んだ記憶があるが、冗談ではなさそうだった。あのストイックさなら、そこそこの選手になれたかもしれない…。
とにかく、好きなアーティストが同じ趣味を共有していることは、単純にうれしい。
“ミスチル世代”の日本代表が終わった2018年ロシアW杯
『日本代表とMr.Children』は、そんなサッカーバカの桜井氏を中心としたミスチルとサムライブルー(日本代表)の関係性を深く考察した一冊。ミスチル好きかつサッカーバカは絶対に読みたい内容だ。
著者は、サッカー誌の編集経験がある音楽ジャーナリストの宇野維正氏と、ミスチルと柏レイソルのファン歴がともに30年近いの音楽ライターのレジー氏。すべてのページが2人による対談形式でつづられている。
この2人、とにかくサッカーやミスチルについて詳しい。細かいエピソードをよく知っていて、楽しませてくれる。
Jリーグ開幕からの日本代表の歴史については、大まかな流れは頭の中で整理されいるものの、忘れかけているエピーソードも少なくない。それだけに、本書を読むと「そういえばあったね、そんなこと」と思い出すことや、「へぇ~、そうだったんだ」と初めて知ることが多々あった。また、メディアのインタビューで桜井氏や代表選手などが過去に証言した内容も裏付けとしてしっかり紹介されており、説得力があった。
本書が発刊された2018年は、FIFAワールドカップロシア大会が開催された年だ。宇野氏はこの大会を最後に長谷部誠が代表引退を表明したことを受け、「ようやくミスチル世代の日本代表が終わったな」と感じたという。
ここでいう「ミスチル世代」とは、学生時代からミスチルの音楽を聴いて育ってきた世代という意味。一応、私もその一人になる。宇野氏がこうした感慨を抱いたことがきっかけで、本書の企画が立ち上がった。
Mr.Childrenの音楽表現に流れる「日本代表の精神性」
ミスチルの人気が爆発した1993年はJリーグ元年。何か運命的なものを感じる。また、桜井氏がサッカーに傾倒するきっかけとなった名波氏との親交が始まった1997年は、日本代表が初のワールドカップ出場を決めた年。日本国中が歓喜に沸き、サッカー日本代表がより大衆的になった転機でもある。
宇野氏は、ミスチルと日本代表のつながりを冷静に検証することで、1998年の初出場からいまやワールドカップの常連国となった「この20年間の日本代表とは何だったのか?」という問いの答えを探し出せるのではと考えた。また、それは「日本人にとってミスチルの音楽とは何か?」という問いの答えにも通じているとし、話を進めていく。
というのも、宇野氏とレジー氏は、“ミスチル音楽”の表現自体に「日本代表の精神性」のようなものが流れており、両者は深いところで結びついている特別な関係性をもつと指摘。
その関係性は、名波氏のために作ったとされる「I’LL BE」や、長谷部が試合直前に必ず聴くという「終わりなき旅」などのエピソードに代表されるような「ミスチル→日本代表」という一方通行ではなく、「日本代表→ミスチル」の矢印も含む双方向だという。
「日本代表→ミスチル」を示すエピソードとしては、アテネ・オリンピックの予選中に選手たちが控室のホワイトボードに「高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな…」と「終わりなき旅」の歌詞を書いて気持ちを高ぶらせたことが紹介されている。
「ミスチルから本当の強さを学んだ」という長谷部誠
興味をそそるタイトルが目につく、本書の目次は以下のとおり。
序章 ミスチル世代とは何か?
第1章 JリーグとJポップの共犯関係
第2章 1998年のMr.Childrenとフランス大会
第3章 中田英寿が変えたもの
第4章 日本サッカーの日本化、Mr.Childrenの日本回帰
第5章 長谷部誠とはMr.Childrenである
第6章 本田圭佑というMonster
第7章 「自分らしさ」の檻
終章 平成が終わった後の日本代表とMr.Children
第3章「中田英寿が変えたもの」は、10thアルバム「IT’S A WONDERFUL WORLD」に収録の「LOVE はじめました」の歌詞に登場する中田英寿氏がテーマ。中田氏が“ミスチル音楽”にどう影響したのかについて、時代背景や当時のミスチルの立ち位置などから考察する。
一方、レジー氏が「本書のコア部分」と語るのは、第5章「長谷部誠とはMr.Childrenである」。インパクトが強い。長谷部は2012年に女性誌『anan』のインタビューで、「僕は本当の強さをMr.Childrenから学んだんです」とまで言っているそうだが、「ミスチル世代」の筆頭である長谷部の8年におよぶ代表キャリアを初招集からさかのぼる。プロ選手として成長していく過程で、彼が“ミスチル音楽”にどのように影響され、何を目指したのかを徹底的に考察する。
この章でレジー氏は、著書『心を整える。』(2011年/幻冬舎刊)のベストセラーなどを経て、誰からも知られる存在となった長谷部は、「日本社会全体のキャプテンみたいな立ち位置になっていった気がする」とまで語っている。考察が深すぎる…。
本書を読んだのち、私の中にある“ミスチル音楽”への思いが再燃し、それまでに発売されていた全アルバムをランダム再生する日々が数週間にわたり続いたことは想像に難くないだろう…。
あなたもミスチル好きのサッカーバカなら、読めばきっとそうなる!
(了)
『日本代表とMr.Children』
宇野維正、レジー(著)
ソル・メディア刊/1,760円(税込)