フェイバリット

“夢中”で練習した『ウィール・クーバーの攻撃サッカー』というビデオ

子どもたちに指導するウィール・クーバー氏
青年たちにサッカーの技術を教えるウィール・クーバー氏(左端)。1984年、場所はイングランドのリリーズホール(source: getty images)

 『ウィール・クーバーの攻撃サッカー』という教則ビデオテープ(VHS)がある。私が高校時代に出会い、夢中になって練習したビデオだ。

 内容はというと、ボールコントロールからフェイント、シュート、ヘディング、スライディングまで、サッカーの技術を総合的に向上させるためのトレーニング映像がまとめられている。

 その中で私が没頭したのは、ボールコントロールやフェイントの練習だ。

 ボールをまたいだり、足裏を使ったりして、敵をかわして抜き去るテクニックを覚える。根気よく練習を続けたことで、徐々に成果が表れ、サッカーがより楽しくなった。

 「クーバーのビデオ」との出会いは、私のサッカー人生のターニング・ポイントだった。大げさではなく、オジサンになった今でもサッカーが楽しくてやめられないのは、あのビデオのおかげだと思っている。

オランダのサッカー選手だったクーバー氏 独自メソッドを考案

UEFAカップを掲げるウィール・クーバー氏
フェイエノールトの指揮官としてUEFAカップを制し、トロフィーを掲げるクーバー氏。1974年(source: Nationaal Archief

 ウィール・クーバー(Wiel Coerver/1924-2011年)は、オランダの元サッカー選手だ。オランダサッカーの英雄ヨハン・クライフ(1947-2016年)より20歳以上も年上なので、けっこう昔の選手である。

 クーバー氏はオランダの国内リーグで活躍し、現役引退後は指導者の道へ進んだ。国内のプロクラブやインドネシア代表の監督を歴任。フェイエノールト時代の1974年に国内リーグ(エールディビジ)とUEFAカップを制覇し、その名を世界のサッカー史に刻んでいる。

 指導者として高い評価を得た一方で、クーバー氏は1970年代のプロサッカーに不満を抱いていたという。

 当時のサッカーは守備偏重のスタイルが主流で、個人技を生かしたエキサイティングで攻撃的なプレーが見られなかったからだ。

 マラドーナやクライフのようにボールを自遊自在に扱うことができれば、サッカーはどんなに楽しいだろう。どんなに攻撃的で魅力的なものになるだろう。そんな思いをきっかけに考案されたのが「クーバー・メソッド」である。

 クーバー氏は卓越した個人技を持つマラドーナ、プラティニ、クライフなどの名選手のプレービデオを徹底的に研究し、それらをヒントに独自のトレーニング方法を編み出した。

クーバー・メソッドの根幹はボールを扱う基本練習の反復

 名選手の華麗なテクニックは「練習を積み重ねれば、誰にだって身につけることができる」というのがクーバー・メソッドのモットーだ。そのため、指導は「ゴールデン・エイジ」と呼ばれる“吸収力”の高い育成年代に向けられている。

ウィール・クーバーの攻撃サッカーの映像
ビデオのトレーニング映像。クーバー氏の指導を受け、少年たちが反復練習を繰り返す。

 ビデオ映像は、ボールタッチに慣れるための基本トレーニングから始まる。

 ボールを扱うパターンはいくつも用意されており、1つのパターンを反復練習することが求められる。パターンの「型」を頭と体に叩き込んで覚えるのが目的だ。

 ボールを扱うことに慣れたら、次はしなやかさとスピードを意識させる。最終的に同じ動作を素早く、スムーズにできるまで練習する。

 ビデオの中でクーバー氏はこう語る。

 「学校で勉強するためには、まず字を読んだり、書いたりすることを覚えなければなりません。サッカーも同じです。まずはボールを扱う基本のトレーニングを練習しないと、次のトレーニングをうまくやることはできません」

 「体がボールのフィーリングを覚えてしまえば、あとの練習はずっと楽になります。体とボールが“一心同体”になることがまず最初です」

 名選手のテクニックをいきなり真似てもすぐにはできない。ボールを自由に扱える感覚を養うのが先で、真似るのはそれから。クーバー氏はこの順序の大切さを説く。

 ビデオ映像にはシュートやヘディング、スライディングの練習も含まれるが、これは「おまけ」と言ってもいい。多くの時間はボールタッチの練習に割かれている。

 クーバー氏はこうも語る。

 「私の方法では、ボールを蹴ったり、止めたりする形は特別に取り上げません。なぜなら、ボールを蹴ったり、止めたりする技術は、結局のところボール感覚の問題で、ボールをうまく扱えるようになればキックやトラップもうまくいくようになるからです」

 ボールを扱う基礎練習の反復こそがメソッドの根幹だ。

 また、クーバー式の練習をするのに「広い場所はいらない」とも言う。自宅の部屋の中や庭先などのちょっとしたスペースがあればいつでもできる。そこがお勧めだ。

「クーバー・コーチング」として日本を含む世界の国・地域へ広まる

 私が高校時代に初めて「クーバーのビデオ」を見たとき、ウィール・クーバーという人物について知らず、どこの国の人かも分からなかった。

 ビデオの中で経歴紹介は一切なく、クーバー氏も自分について語らない。肩書のテロップも出ない。「ウィール・クーバーって誰なんだろう?」と思った。

ウィール・クーバー氏
ビデオの中で語るクーバー氏。肩書が出ないため、誰なのか分からないまま見ていた

 もしかすると、ビデオのパッケージにクーバー氏の紹介文が記されているのかもしれない。しかし、私のビデオは高校の同級生にダビングしてもらったものだったので、パッケージを見たことがなかった(「3倍録画」なので画質が粗い…)。

 当時はインターネットがまだ普及しておらず、サッカー雑誌の「読者コーナー」を通じてビデオの貸し借りをしていた時代だ。クーバー氏について調べる術などなかったのである。

 そんな時代にこのビデオに出会えたことは、運がよかったなあと思う。

 その後、1990年代になるとクーバー・メソッドは広く知られるようになる。きっかけはクーバー氏の指導法に感銘を受けたイギリス出身のアルフレッド・ガルスティアン氏とチャーリー・クック氏が1984年に「クーバー・コーチング」を設立したからだ。

 「クーバー・コーチング」という名称なら聞いたことがあるという人は多いはずだ。公式サイトによると、現在日本を含む世界40以上の国や地域でサッカースクールを展開しているという。

1985年制作のビデオ サッカーを始めた小学生の頃に出会いたかった…

 フリマサイトで「ウィール・クーバー ビデオ」と検索すると、元オランダ代表の10番ルート・フリットがパッケージに写る『ウィール・クーバー 攻撃サッカーのすべて』全16巻(日本語版企画・制作/丸善株式会社)が売られていた。

 これは私が見たビデオではない。

 ネットで調べたところ、私が見たビデオは1985年に制作されもののようだ。ビデオのエンドロールを見ると、日本語版制作はテレビ朝日映像、販売元は旺文社だった。

 1985年制作というと、私がサッカーを始めた小学生の頃にすでに存在していたことになる。あの頃に出会えていたら、きっとまた違うサッカー人生だったはずだ…。

 効果を実感した経験上、私はこれまで他人に強くこのビデオを勧めてきたが、あまり興味を示されなかった印象がある。やっても続かない子どもが多いとも聞く。

 私の場合、根気よく練習を続けられた理由、動機づけがあったのだが、そんな思い出についてはまた別の機会に詳しく話したい。

(了)

by 北 コウタ
LINEで送る
Pocket