変わる東アジアのサッカー勢力図 ― ACLで際立ったASEAN勢の躍進
高まるASEAN地域のサッカー熱 急速な経済成長が後押し
躍進する東南アジアサッカーを後押しするのは高い経済成長率だ。
ASEAN(東南アジア諸国連合)に加盟する10カ国の総人口は合計6億人超。いまも増加傾向にある。安価な労働力や現地市場の成長性は大きな魅力であり、日本を含む先進国が投資対象として熱視線を注ぐ。急速な経済成長がサッカー熱の高まりに拍車をかけている。
■親会社の成長でクラブ規模が拡大した「BGパトゥム」
BGパトゥムは、首都バンコク近郊のパトゥムタニー県に本拠地を置く。
ガラス製造のバンコク・グラス・インダストリー社が1979年に創設。もとは従業員によるチームだったが、2006年にクラブ化され「バンコク・グラスFC」となり、国内4部リーグで活動を始めた。
その後、2009年に当時国内1部に所属するクルンタイ・バンクFC(国営のクルンタイ銀行が母体)を買収し、吸収。これを機に1部リーグ参入をはたした。
2012年にJリーグのセレッソ大阪とパートナーシップを締結。2015年にはそのメインスポンサーであるヤンマーとも協力関係を結び、現在に至る。
2019年に「BGパトゥム・ユナイテッド」に改称。今年2月からベガルタ仙台やリオ・オリンピック日本代表を指揮した手倉森誠氏が監督に就任。日本とのつながりはさらに深まっている。
クラブの運営はバンコク・グラス・グループ傘下の「BG FC Sport Co.,Ltd」が行う。同グループはASEAN主要のタイ証券取引所に2018年に上場したばかり。国の経済成長、親会社の成長、そしてクラブ規模の拡大。好循環が起きている。
■政府の巨大都市計画で本拠地が建設ラッシュの「JDT」
一方、富豪の巨額マネーだけをより所としていると思われがちなJDTだが、クラブ施設の建設には国家規模の巨大都市計画が大きくからむ。
現在、ジョホール州では「イスカンダル計画」と呼ばれる巨大都市計画が進行中。建設ラッシュだ。2005年時点で130万人だった人口を2025年までに300万人に増やすという大構想で、隣接するシンガポールとの共同開発。2006年に始まった。
投資総額は10兆円超とも言われる巨大都市計画のモットーは「国民生活への貢献」。そのため、皇太子イスマイル氏による「サッカー改革」およびJDTのインフラ整備は、マレーシア政府が進める国家計画の一部というわけだ。建設資金は皇太子のポケットマネーだけではなく、開発計画の予算からも出ているという。
成長を後押し Jリーグは2012年から「アジア戦略」を展開
Jリーグは、海外市場の開拓やクラブ運営、選手育成のノウハウの提供などを目的に2012年に「アジア戦略」を本格化。同年2月にタイプレミアリーグとパートナーシップ協定を結んだのを皮切りに、2015年までにベトナム、ミャンマー、カンボジア、シンガポール、インドネシア、マレーシアなどの各国トップリーグと協力関係を結んでいる。
東南アジア勢が日本の「脅威」となるのは時間の問題だが、そもそも日本サッカーはその成長を後押ししてきたというわけだ。
2012年といえば、BGパトゥム(当時はバンコク・グラスFC)がセレッソ大阪とパートナーシップを締結した年。セレッソ大阪は当初からASEAN市場の開拓に前向きで、2016年にはBGパトゥム、ヤンマーと共同で「ヤマオカ・ハナサカ・アカデミー(YHA)」をタイに設立。若手選手の育成、発掘に力を入れてきた。
今回のACL予選で活躍したBGパトゥムのMFチャウワット・ヴィラチャードは、2018年にセレッソ大阪U-23に所属し、J3リーグ14試合に出場した経験をもつ。タイリーグ復帰後はクラブの主力として頭角を現し、今年3月にA代表に初選出された。そしてこの5月、セレッソ大阪の再獲得が確実とのニュースが出ている。
一方、JDTとパートナーシップを結ぶ北海道コンサドーレ札幌も早くから東南アジアに目を向けたクラブ。2013年にベトナム代表FWのレ・コン・ビンを獲得し、「東南アジア初のJリーガー」を誕生させた。
2017年に獲得したタイ代表MFのチャナティップ・ソングラシンの活躍は言うまでもないが、北海道とタイとの距離を縮め、タイ人観光客が訪れるなど道内の経済効果も生んだ。
こうした成功例は、他のJクラブが東南アジアに関心をもつきっかけとなった。
日本の「脅威」も歓迎 不可欠な“アジアサッカーの発展”
Jリーグ開幕から約30年たらずでアジアのトップレベルに成長した日本サッカーを手本にしたいASEAN諸国は多い。
現在、日本サッカー協会(JFA)は指導者養成やユース代表の交流などを目的にインドネシア、シンガポール、タイ、ベトナム、マレーシア、ラオスなどのサッカー協会とパートナーシップ協定を結び、その発展を支援している。
しかし、今年3月のW杯アジア最終予選で日本はベトナムと引き分けた。うかうかしていられない。他国のサッカー強化を支援する余裕などあるのか、と言いたくなるだろう。
こうした余裕のあらわれは、2017年にFIFA(国際サッカー連盟)が決定したW杯出場枠の拡大にあるのかもしれない。2026年W杯から現行の32カ国体制が48カ国と変わる。アジア枠は「4.5」から「8」に増え、日本がW杯予選で敗退する確率は大きく下がる見通しだ。
日本サッカーの最終目標はW杯の優勝。目標の実現のために「アジアサッカーの発展」は不可欠になる。切磋琢磨して、ともに成長する。東南アジアのサッカーが「脅威」となるのは歓迎というわけだ。
ASEAN諸国のサッカー急成長がこのまま進めば、4年後、8年後のW杯の様相、アジアサッカーの勢力図は大きく変わりそうだ。もちろん、Jリーグの外国人選手の顔ぶれも。
(了)